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2025/01/21 19:49 |
==NOVEL PHILOSOMA== 10

==SCENE 07==

 マッスルを始末したデルタは、ラングを先頭に採掘タワーへ飛行を続けていた。
 黒褐色に塗られた採掘タワーは、高さがゆうに500メートルはあった。220の人工建造物の中ではもっとも巨大だ。データによると、220の住民は採掘タワーを「バベル・タワー」と呼んでいた。創世記に記されているバベルの塔は、神の憎しみを受けて途中で工事が中断されてしまったのだが……220に建てられたバベルの塔は、イプシロンワン採掘のシンボル的存在となり、その偉容を誇っていた。
 しかし、今のタワーは呪いの塔だった。住民を飲み込み、テロリストたちが彼等の生死を握っている……バベルは再び呪われたのだ。
 その時、電子音と共にディスプレイにマップが映った。続いて地下動力炉のCG画面が出る。同時にキナバルの通信が入ってきた。
「ギャラントよりチャーリーリーダー、ミショー大尉。生存者は地下採掘場だ。救助の指揮を執れ」
 ラングは思わず息を呑んだ。それは踏み絵だった。ミショーがフライト・リーダーとして再起できるかの……。
 かなりの間があって、ミショーの沈んだ声が聞こえてきた。
「大佐、わたしは判断ミスで編隊を失いました。指揮官の資格は……」
 なんてこった……ソ連空軍の女性エースパイロット、大祖国戦争の英雄リディア・リトヴァクをしのぐ華々しい戦歴のミショーが、戦意を完全に失っている……。ラングはさすがに頭に来て怒鳴った。
「ミショー、ヒロイズムは止せ。お前は最善を尽くしたんだ
「………」
「おまえならやれる」

 今度の沈黙は長かった……ラングはミショーの戦いを感じ取った。この戦いは、自分自身との戦いだ。
 指揮官となる者は、常に責務を負う。任務への責務、部下の安全の責務……だがこの二つは相反することが多い。任務達成のために、部下を死に追いやる決断を下さねばならぬ時がある。だからこそ、指揮官と部下の間には信頼関係が必要だった。二つの間をつなぎ止めるのは信頼しかなかった。
 今のミショーは、部下の信頼を裏切ってしまったと自分を責め続けている。だが、敵はバイオとメカのハイブリッド……高出力レーザーを装備する強敵だった。その不意打ちを喰らったというのなら、犠牲はやむを得なかったのだ。残酷な話だが、どうにもならない。何事にも最初はあり……それはたいてい犠牲を伴うものだ。今回の損害もその一つだ。
 その重圧に耐えられない者は、指揮官の座を降りるしかない。しかし、誰かがその役を果たさなければならない……ミショーはまだ部下たちから信頼されていた。それは、指揮官としての責務を果たすのに充分すぎるほどの資格だ……ラングは心からそう思った。
 永遠とも思えるの沈黙のあと、ミショーは答えた。
「……ラング……ありがとう」

 二人の交信を、カレンは複雑な思いで聞いていた……。彼女は、ラングとミショーの結びつきをはっきりと感じていた。それは指揮官同士の共感と結びつきであり……指揮官同士の共感……? 本当にそれだけだろうか?
 カレンの心にどす黒い不安が広がった……まさか……そんな筈はない。ラングは私のものなのだ。誰がなんと言おうと……。
 彼女は不安を追い払うと、スティックを傾けた。そこへラングのコールが響いた。
「全機、ミショーに続け」
 ……ミショーに……ラングはそう言った。
「ラジャー」
 コールを返しながら、彼女の不安は再び膨らみ始めた……意識のスイッチを切り替えることが出来なかった。この事実は、彼女がどうやってもお嬢さん育ちから抜けきれないことを最も端的に示していた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 クラークはディスプレイから顔を上げて言った。
「ミショー大尉の任務達成率は97%か……これなら安心して任せられる」
「…………」
 コックスは微かに眉をしかめた。この男は、いったい何なのだろう? クラークは自軍の損害には全く無頓着だった。ステロタイプの戦争物ではこの手の将軍が出てくるが、現実にはそんな愚か者は滅多に存在しない。多くの指揮官は、自軍の損害には敏感だった。ワーテルローの戦いでナポレオンに勝った、ウェリントン将軍の名言がここにある。
「戦争に勝つほど恐ろしい話はない。負けることを除けば……」
 損害に関する考察に満ちあふれた言葉。
 だが、仕方あるまい……コックスは思い直した。クラークはしょせん素人だ。軍事的素養のない者に、損害の痛みを理解しろと言っても無駄なのだ。自軍の損害さえ無視することができるのなら、日露戦争で旅順要塞を陥落させた野木将軍は、プロの間でも名将と呼ばれただろう。プロとアマチュアの違いはこの点において決定的だった。コックスはその点を理解しつつも、クラークの態度に割り切れぬものを感じていた。

 通信長がキナバルに電文を渡すのが見えた。あれは……フラッシュ通信だ。いったい何が?
 コックスは眉をひそめた。キナバルの顔色が蒼白になるのが、この距離からでも判った。キナバルは傍らの士官を手巻きで呼び寄せ、何事かを囁いた。頷いた士官はデスクに戻って何かを……いったい何をする気だ?
 コックスは立ち上がった。士官は拳銃を手にしていた。
「大佐、いったいなにが……?」
 キナバルは無視した。彼は銃を携帯した士官と共にクラークの前に立ちふさがった。
「君を逮捕する」
 ミショーのストレガは、工業エリア・リアクターセクターにあった。そこは巨大だった。通路の幅は200フィート、高さは400フィートはあるだろう。
 警報が鳴った。ここからは危険区域だ。ヘッド・アップ・ディスプレイにマーカーが点滅した。作業用エレベーターが迫っていた。
「全機、アリスに操縦を切り替える」
「ラジャー」
 ここから先は、もはやマニュアルでは操縦不能のエリアだ。頼れるのはアリスだけだ。
 ミショーたちはストレガをグランド・モードに入れ、最初のエレベーターをクリアした。数フィートの差でシャフトが頭上をかすめるのを、ミショーたちは息を詰めて見守った。対地速度は300マイル……ぶつかったら死は一瞬のうちだろう。

「君は何者だ?」
 キナバルの鋭い声がCICを満たした。
 クラークは士官に拳銃を向けられても平然としていた。
「大佐、いったいどうしたんです?」
 駆け寄ったコックスに、キナバルは無言で通信紙を渡した。コックスはひったくるようにしてそれを受け取り───息を呑んだ。 
 

 Z08421924DEC
 最高機密
 発……連合国安全保障局
 宛……UNF-SCVギャラント
       スタンレー・キナバル大佐
 
 1.ローランド・クラークは、実在の人物ではない。
 
 2.「クラーク」は、人工知能専用の疑似生命プログラムである。
 
 3.「クラーク」を名乗る人物の身柄を勾留、尋問せよ。

 
 コックスは呆然としていた。クラークが疑似生命プログラムだと……? それでは目の前のこの男は……?
 不意にコックスは電撃に打たれたようになった。220のデータは全て目の前の男がコンピュータに入力した……もしそのデータが誤っていたら……いや、間違いない。手を加えられたデータに違いない……ということは、デルタは……。
「大佐……」
 コックスの声は震えていた。
「このままでは、デルタは……」
 キナバルの顔はまるで死人だった……彼も同様の結論に達していたのだ。
「カレン……」
 キナバルの声は幽鬼のようだった。

「現在位置、リアクター・セクター」
 警報が鳴った。カレンはハッとした。
「前方、高エネルギー反応探知。リアクターオーバーロード」
「暴走!」
「なるほどな。プラズマシールドもそれが原因か」
 ラングの落ち着き払った声が響いた。
 タワー上空にはプラズマが発生していた。それ故に彼等は飛行が困難な地下ブロックからの突入を余儀なくされているのだ。
「電位上昇。コウション、レーダーシステム・ブラックアウト」
「何ですって?」
 カレンは思わず呻いた。だが、災厄はこれからだった。警報音が鳴り響くと同時にアリスのコールが立て続けに始まった。
「サーキット・クローズ。IRシステム、ブラックアウト。FCS機能低下。フライ・バイ・ライトシステム、機能低下」
 たまらなくなったカレンは怒鳴った。
「アリス、バックアップ」
 数秒後、警報が止まった。だがそれはものの30秒も保たなかった。再び警報音がコクピットを満たし始める。
 カレンは思わずパネルを蹴った。お嬢さん育ちの彼女には似合わないことだが、そうしなければ気持ちが収まらなかった。
「これでどう戦えっていうの? アリス、バックアップ強化!」
 不可能を意味する不快な電子音が響いた。
「アリス、バックアップ!」
 カレンはヒステリー寸前だった。見かねたラングはカフをあげた。
「無駄だ、カレン」
「でもラング……」
「泣き言は帰ってから聞いてやる。いいな、カレン」
 ラングの口調はだだっ子をなだめる父親のようだった。それが功を奏した。落ち着きを取り戻したカレンは、呟くようにコールした。
「……ラジャー……」

「フン……」
 ディースリーは微かに鼻を鳴らし、苦笑した。思った通りだ……ラングとカレンはやはりできている……彼はこの手の直感にも優れていた。些細な会話からでも、当事者がどういう仲なのか確実に判別できた。判らないのは、あの二人の関係だけだ。
 その瞬間、当事者達のコールが始まった。
「全機、こちらミショー。コミューターラインをサーチ。ただちに離脱する」
「ラジャー。こちらラング。全機、イメージセンサー使用」
 ラングとミショー……この二人の関係は謎だった。単なる指揮官としての間柄にしては……何かが違っていた。
 彼は肩をすくめ、前方に神経を集中した。戯れ言は戦いが済んでから考える事だ…。


==NOVEL PHILOSOMA==

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2010/04/15 01:23 | Comments(0) | TrackBack() | ゲーム
==NOVEL PHILOSOMA== 09

==SCENE 06==

 ふとラングは、前方を注視した。ミショーのストレガに、後方からマッスルが被るように接近している。まずい、敵は搭載資材を使って攻撃を……彼は思わず怒鳴った。
「ミショー、回避だ!」
 次の瞬間、ラングは凍り付いた。自分の見たものが信じられなかった。
 マッスルの上部構造物が粉々に砕け散ると共に、そこから黄褐色の粘液が噴出した。それは見る間に内膜を、そして外膜を作り上げ分裂を繰り返し……なんということだ、あれではまるで……まるで生き物じゃないか?
 ラングは本質を衝いていた。マッスルの上部構造物を破壊したのは、まぎれもなく生物だった。蠢く巨大な肉塊だ。煽動と収縮を繰り返し、肉片を飛び散らせつつ、それはある形を取り始めた……。
 なんだ、あれは? まるであの形状は……ラングは愕然とした。あれは武器だ。間違いない。銃身の形状そのものだ。彼は声帯から声を絞り出そうとした。
 その刹那、肉塊から青白い閃光が噴出した。
「なに!」
 ラングは叫んだ。閃光は真っ直ぐミショーのストレガへと突き進む。彼女の機体がロールを打ち……辛くも閃光をかわした。
 閃光……あれはただの光じゃない。そうだ、あれは間違いなく……。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「高出力レーザー!?」
 ボイド大尉は微かに呟くと、首を捻った。ラング機のアリスは、マッスルの高出力レーザー使用を伝えてきた。だが、スペックから見て、マッスルにそんなものが搭載できる筈がなかった。彼は、データーエラーの可能性を考え、キーを叩いた。
 自己診断プログラム・ラン……
 アリスは、チェック中を示すコードを返送してきた。ここで、不幸なミスが起きた。ボイドはそのコードをデータエラーの確認と誤解したのだ。このミスは、チェック中を示すコードとデータエラーコード確認済みの数値が似ていることから発生した。(民間とは違い、軍ではまだ数値コードの使用が中心だった。)
 彼は蓄積した疲労のためにコードを誤って解釈した。マーフィーの法則は、ストレガ編隊からギャラントへとその適用範囲を広げた。
 ボイドは、高出力レーザー云々の報告は誤認と判断した。彼は意図せずもデルタフライト苦戦の一環となった。後にその事実を知った彼は、罪悪感に押しつぶされて不幸な最期を遂げるのだが……それは2年ほど後の話だ。
 今は、ラング達に話を戻そう。

 シティ上空ではマッスルとストレガの激戦がようやく終わろうとしていた。マッスルは高出力レーザーでミショー達を攻撃した。それに対して、彼等はバスター・グレネードとアサルト・ブレーカーで反撃した。マッスルは、ストレガ3機の集中攻撃の前に爆発し、その残骸をシティのメインストリートへとぶちまけた。
 ラングはまだ自分の目が信じられなかった。彼は思わず呟いた。
「あれはいったい……」
「ラング、クラウスとカートもあの片割れに……」
 ミショーだった。ミショーが喋った……しかも、よりによってそんな重要なことを今まで!
 思わずラングは怒鳴った。
「なぜ言わなかった!」
「言って信じた?」
 ラングは詰まった。ミショーの声は、まるで幽鬼そのものだった……その一言に、彼女は全てを込めていた。レーザー装備の化け物に部下を殺された……そんな馬鹿な……誰が信じられる?……お前は自分のミスを隠すためにそんな作り話を……違う!……ほう、だったら証拠を……そんなものはない……見損なったぞ、ミショー。お前がそんな奴とは……沈黙……。
 ラングは、仮にミショーが前もって真実を語った場合の反応を全て予測できた。そうだよな、ミショー……俺にはよく判っている。彼は、その意志を一言に凝縮して言った。
「いや……」
 今でも信じられない思いだった。

 ディースリーは愕然としていた。ミショーの沈黙には意味があった……理由は、彼自身が目の当たりにしていた。
 彼はマッスルの高出力レーザーを必死に回避しつつ、果敢に反撃した。その時、ラングからのコールが来た。
「ラングよりディースリー、敵はハイパワーレーザーを装備、警戒しろ」
 遅いんだよ! ディースリーは内心で毒づくと、スロットルを全開にした。

 ギャラントの通信室では、電信員がコンソールを操作していた。5分前からの情報だ。カテゴリーはフラッシュ。特別緊急・最優先だ。
 受信が終わると、彼はデータディスクを引き抜き、それを通信長に渡した。
 通信長は、コード・ボックスにデータディスクをセットし、認証コードを入力した。続いて網膜照合と指紋、声紋を入力する。
 やがて、コード・ボックスは一枚の通信紙をプリントした。それは方面軍司令部からキナバルへの通信文だった。
 

==NOVEL PHILOSOMA==


2010/04/08 00:01 | Comments(0) | TrackBack() | ゲーム
==NOVEL PHILOSOMA== 08

==SCENE 05==

 轟音を撒き散らしつつ、デルタフライトはトンネルを出て上昇した。空には低く暗雲が立ちこめ、夜を思わせる暗さだった。
 下を見たラングは軽く口笛を吹いた。
 220唯一の都市、リュイシュウン・シティが眼下に広がっていた。円を中心とした不思議なデザインの建造物が延々と続いている。
 円形はチャイナ系都市の特徴だった。都市の名前・リュイシュウンも、確か地球の中華ブロックから取った名前のはずだ。
 巨大スクリーンの少女が、ラングにウィンクした。ラングは知らなかったが、彼女は売り出し中のアイドルだった。
 ラングは呆れた。たかが5万人程度の都市にしては、どえらい資本投下をしている。これで果たして採算が取れるのか……?
 レーダー警報が鳴った。
「イレブン・オ・クロック、フレンドリー。ミショー」
 ラングは11時の方向を見た。いた。距離は約2マイル。こちらより200フィートほど高く飛んでいる。
「こちらラング、全機、チャーリーと合流……」
 ラングは眉をひそめた……一機しかいない。飛び方もふらついている……まさか!
「ミショー、他の連中は?」
 間があって、ミショーの沈んだ声が聞こえた。
「部下たちは全滅した」
 ラングは思わず目を閉じた……彼はすでに予想していた。だが、それが現実となれば衝撃はある。同時に、カレンが息を呑むのが無線越しにはっきり判った。
「クラウスとカートが……」
 カレンに続いてミショーの暗い声が響いた。
「わたしの責任だ……」
 チャーリーとデルタは共にミッションをこなす事が多かった。彼等は戦友であり、仲間であり、友人だった。一つのミッションでこれほどの損害を受けるとは……。

 随分と湿っぽいな……ホントにコイツ等はベテランパイロットなのか……?
 不意に訪れた沈黙に、ディースリーは微かに肩をすくめた。戦闘によって戦死者が出るのは当然の話だ。今は任務遂行が第一だ。それなのにこの状況はいったい……彼は、指揮を執ろうとしないミショーに対し、微かな失望を感じていた。
 その時、電子音が重苦しい沈黙を破った。
「ギャラントより全機へ。生存者のコールを探知した」
「少佐、発信源は?」
「採掘タワー内だ。位置データーを転送する」
「ラジャー」
 無言のミショーに代わってラングは応答した。今は、ミショーに指揮を執らすべきではない。彼はそう判断していた。
 レーダー警報と共にアリスのコールが響いた。
「コーション・ターゲット、アイフォーク。攻撃態勢」
「なんだと!」
 よりによってこんな時に……。
 ラングは内心の呻き声を押さえ、ディスプレイを見た。そこには上昇するシティ・ポリスの警備車両───アイフォークが映っていた。文字通り、フォークの先端のような形をしている。武装はロー・レベルだが、数が多い。ざっと50は超えているだろう。
「なんて数なんだ?」
 さすがにディースリーは呻いた。この状況でこの数を相手にするのはキツ過ぎる。
「慌てるな。強行突破だ」
 ラングのコールにディースリーはハッとなった。やるねェ、おっさん……ダテに歳は取ってないってことか……よし、ならば俺の腕を見せてやる……。
「続け」
 ラングのコールにディスリーは微かに口笛を吹いた。そして、バーナーを全開にした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ラングを先頭に4機のストレガはアイフォークに向け突撃した。オーラルトーンが鳴り響き、ミサイルが突進する。バルカンが唸る。爆炎が彼等を染め上げていった……。

 キナバルは、自分でも不思議なほど冷静だった。怒りの感情も、驚愕も、何も起こらなかった……そう……心のどこかで予想していたのだろう。ホーキングの遭難は、それほど異常なケースだった。
 キナバルは、事実を受け入れ、災厄を全力でくい止める決意を乗組員達に示した。その態度は彼等たちを感動させ、ギャラントの士気は今までないほど高まっていた。更に吉報があった。クラークの目撃情報から敵の正体が判明したのだ。
 敵は、訓練を積んだテロリスト達だった。彼等の狙いはやはりイプシロン・ワンで、独立運動の一環として220を制圧したのだ。防衛システムが攻撃してきたのは、内通者の存在で説明が付いた。
 ならば、話は簡単だ。防衛センターを奪回し、システムをストップさせればいい。
 コマンド・シートに座っているキナバルは、傍らのクラークに尋ねた。
「それで、敵の規模は?」
「人数は恐らく1000人ほどだろう」
 キナバルとコックスは顔を見合わせた。
「本当にその人数で220の制圧を?」
 思わず疑問を口にしたコックスに、クラークは苦笑いを浮かべた。
「少佐、あの星にいるのは、科学者たちと、プラントの作業員、あとはその家族だけだ。5万人を押さえるには、1000人もいれば充分だよ」
「敵の位置は?」
「都市構造を熟知していなければ、たどり着くことは不可能だ。コックス少佐、ここからストレガのアリスを呼び出せるかね?」
 一同が驚きの表情でクラークを見た。
「どこでアリスのことを……?」
 ストレガがアリスを搭載していることは機密だった。一般には単なるアビオニクスとして発表されていた。アリスというコードネームすら、知ってる者はごく僅かなのだ。
「おいおい、アリスの開発には私も関わっていたんだよ」
 コックスは虚を衝かれた。そうだった……クラークは哲学からコンピューターの開発までやる天才だ。アリスのコンセプト・デザインは、確かクラークがやったのだ。
 キナバルは微かに頷き、命じた。
「ボイド大尉アリスとの回線を開いてくれ」
 リュイシュウン・シティでは、ストレガとアイホークの激戦が続いていた。アイホークは墜としても墜としても現れ続けた。
「何か手はないか! このままじゃ弾切れだ!」
 ラングの怒鳴り声にカレンが応じた。
「大尉、私にアイデアがあります。!うまくいけば、一気に敵を……」
「なんでもいい。やってくれ」
「ラジャー」

 カレンはスティックを引き、アフターバーナーに点火した。轟音と共に凄まじい加速がかかり、シートに身体が押しつけられる。
 彼女はそのままストレガを垂直上昇させ、続いてコードを叫んだ。
「アリス、コード2157」
 了解を示す電子音が鳴った。カレンはアリスの特長である、ボイスコード入力とデータ・リンクを最大限に活用するつもりだった。
 ミショーとラングが自分をどう見ているか、カレンはよく知っていた。パイロットとしてのレベルで言えば、自分はBランクだ。エースレベルの腕がゴロゴロしているギャラントにはあわない。ある意味では自分はチームのお荷物であり……
 飛行長からそれとなく転属を持ちかけられたこともあった。
 だが、彼女はギャラントを、デルタを離れるつもりはなかった。なぜなら、それはラングがいるからだ。彼の元を離れる気はカレンにはなかった。もしその時が来るとしたら、それはどちらかが死ぬときだ……カレンはそう決めていた。
「高度2万フィート」
 アリスがコールした。
 カレンはストレガをテールスライドさせた。これは失速反転の仲間に入る高度な技だ。上昇の頂点で機体を重力と釣り合わせ、一端制止……そこから反転をかけて垂直降下する。
 蒼空の視界が、反転をかけた途端に消え、今度は不気味な放電雲が視界にはいる。
 カレンはバーナーを全開にした。
 何を考えてるんだ、いったい……?
 ラングは眉をしかめた。
 カレンのアリスが送ってきたコード2157は、「敵をある一点に引きつけるだけ引きつけ、合図で急速離脱する」という意味だ。カレンは座標も送信してきた。ラングはアリスにその座標に向かうよう指示し、ストレガの速度を落とした。
 ディスプレイには後方を追尾するアイホークの大群が映し出されていた。側面からも別のアイホークの大編隊が来る……。
 ラングは顔をしかめた。ディースリーの活躍や、ミショーの気落ちが誘因になったのだろうが……頼むからうまくやれ、カレン……。
「目標ポイント接近」
「方位は?」
「ワン・オ・クロック」
 一時の方向……? ラングは焦点を合わせ、そして───思わず呻いた。あれはまさか……。

「全機、ブレイク」
 カレンは叫んだ。ロックオンのオーラルトーンがキャノピーを満たす。あの大きさなら外れっこない。周囲には、ラング達に引き寄せられたアイホークが雲霞のように集まっていた。文句なしの条件だ。
「ファイア!」
 カレンはスティックの発射ボタンを押した。発射されたロケット弾は、狙い違わずシティの超伝導蓄電施設を直撃した。
 その瞬間、施設から半径約1000フィートは凄まじい空中放電に包まれた。ループ方式の超伝導体の破壊は、蓄えられていた恐るべき量の電力を大気中に一挙に解放することを意味した。それは局所的な電磁嵐となって周囲を襲い、コンピューターのマイクロチップを片端からショートさせた。
 アイホークはひとたまりもなかった。ものの10秒もたたぬうちに、全てのアイホークは搭載チップを焼き切られて墜落した。搭載燃料と弾薬がショックで誘爆し、周囲はまるで絨毯爆撃にあったような惨状を呈した。
 一方、ストレガは全機が無事だった。大気圏内の核爆発で生じる、ガンマ線を中心とした電磁波の嵐───EMPに対する耐性が備わっていたことが幸いしたのだ。

 ラングは呆然とその光景を眺めていた。ディースリーといい、今日は新戦術の発表会か。
 カレンのストレガが、鮮やかなビクトリー・ロールを決めて横に並んだ。
「おい、カレン、どこであんな戦術を……」
「ディースリーのお陰よ。彼の燃料気化爆弾を見て、思いついたの……」
 声が弾んでいた。無理もない。他人が認める戦果を初めてあげたのだから。(それまでカレンは実戦でまともな戦果をあげたことがなかった。)ラングは微笑した。よし……あとは、ミショーが立ち直ってくれたら……。
 ラングはディスプレイを後方視認にセットし、ミショーのストレガを確認した。彼女はバイザーを降ろしていた。よくない。アレではショック状態だ。
 ラングはミショーに立ち直ってほしかった……自分が生き残るためにも。
 ギャラントのCICでは、クラークが感嘆の表情でスクリーンを見ていた。
「カレン・レイノックス中尉か……UNFは、かなり優秀な搭乗員を生み出したようだな、大佐」
「それはどうも……」
 キナバルは一瞬口ごもり、言うべきかどうか迷った。
 だが、誘惑には勝てなかった。ついに彼女は認められるに足る戦果をあげたのだ。
「実は……彼女はわたしの姪でね……」
 その場にいた者は誰もが驚いた。初耳だ。カレンが大佐の姪っ子だと?
「わたしの姉の娘なんだよ」
 キナバルは、部下に秘密を打ち明けたことが気恥ずかしくなったようだ。それっきり黙り込み、手元のツールをいじっていた。
 コックスは合点がいった。デルタの発進になると、キナバルはスクリーンでそれを見届けることが多かった。指揮官としての統率をはみ出さない範囲で、彼は姪のことを精一杯気づかっていたのだ。
 会話が途切れ、CICは微かな電子音とキーボードのタッチ音だけになった。
 その沈黙をクラークが破った。
「大佐、準備完了だ」
 クラークは、ディスプレイから顔を上げた。彼はギャラントのコンピューターとデータ・リンクを使い、ミショーたちのアリスにデータの入力を終えていた。それは、220の都市構造、プラントの位置、地下の地形までふくめた完璧なデータだった。
 キナバルは顔を引き締め、両手を叩いた。
「よし、作戦開始だ」
 頷いたコックスは手元のマイクを掴んだ。
「全チームに告ぐ。こちらギャラント。3月15日が来た。繰り返す、3月15日が来た」
 それは作戦開始を意味する暗号だった。原点は、キナバルお気に入りのシェイクスピアの「ジュリアス・シーザー」から、台詞の一部を引用したものだ。
 コックスはさすがに興奮を隠せなかった。必要な情報が手に入り、部下は予想以上に働き、戦況も有利になってきた。
「大佐、うまくいけば、我々は一時間で任務を果たせます」
「そうだな、成功を祈ろう」
 待機していたアルファが、地下採掘場に向けて突入を開始するのがスクリーンに映った。
 エマーコールを解析した結果、捕らえられた住民達は地下採掘場にいることが判明した。それ故、作戦はシンプルだった。アルファが住民を確保、デルタがシティを制圧。エコーとフォックストロットは、防衛センターを奪回して無人機の攻撃を止める。各目標に対する戦力配置は、コンピューターが今までの戦闘記録を解析して決めた。計算から言えば、苦戦するパートはないはずだ。各人がそれぞれの任務を達成したら、確実に成功する。難易度は低い。うまくいくかもしれないと、キナバルとコックスは思い始めた。
 二人は完全に間違っていた。

 最初に失敗したのは、エコーとフォックストロットのチームだった。
 彼等は220の防衛センターを奪回しようと突入を開始した。だが、突入から二秒後、エコーリーダーのウィリー・バートン大尉は、ドギーハウスのアンブッシュ───待ち伏せを喰らって戦死した。コクピットに30ミリ機関砲弾を叩き込まれたのだ。胸部は原形をとどめぬほど破壊され、胴体は二つにちぎれた。何の苦痛も感じぬままバートンは死んだ。
 続いて3秒後、エコースリー、トム・ロルフ中尉は、ブラドギーが放ったウッドペッカーミサイルをかわしきれず、燃料タンクに直撃されて火だるまとなった。
 彼はバートンに比べて不幸だった。なぜなら被弾から17秒間、彼は生きていたからだ。それは地獄そのものだった。生きながら火葬にされる恐怖が彼を捉えた。全身に火が回ったときはすでに苦痛はない。あるのは浮遊感と、自分が一本の松明と化しているという認識だ。彼は絶叫した。それは純粋な恐怖だった。ミサイルの命中からきっかり17秒後、ロルフ中尉のストレガはウェポン・ベイの弾薬が爆発し、苦痛に終止符が打たれた。
 続いて被弾したのは、フォックストロットツーのバジル・ボールドウィン中尉だった。彼はドギーの直撃を受けた。ドギーには約3キログラムのGコンポ炸薬が搭載されており、彼のストレガは瞬時に爆発、四散した。
 しかも後続のフォックストロットスリー、ボリス・アレクセーエフ中尉の機体まで、彼は爆発に巻き込んでしまった。
 アレクセーエフは爆風と衝撃に揺れる機体を操り、コントロールを回復しようと最善の努力をした。それは成功しかけたが、爆発で飛来したストレガの破片───チタニウム・ブレードの鋭い刃先がコクピットに命中したことで潰えてしまった。
 ブレードはスティックから伸びているフライ・バイ・ライト・ケーブルを根本から切断した。このシステムは冗長性のため三重になっていたが、始まりの部分から切れてしまったのではどうにもならなかった。アレクセーエフはレスポンスがなくなったスティックを操ろうと必死に努力し、脱出に使う貴重な時間を無駄にした。腹を決めてベイアウトの操作を取ったときは、すでに手遅れだった。機体は70度の急角度で地面に衝突し、彼は即死した。遺体の中で辛くも原形をとどめたのは顎の骨だけだった。
 2機のドギーハウスは、たった15秒の戦闘で4機のストレガを葬った。これがドギーハウスの真の力だった。生き残ったストレガは、ありったけのチャフとフレアーをばらまき、ECMをかけつつ、全速力でコンバット・エリアを離脱した。

 先行したアルファは、採掘エリア突入と共に通信が途絶した。

 ギャラントにCICでは、キナバルたちが呆然と一連のデータを見つめていた。
 作戦は失敗しつつあった……ドギーハウスの攻撃力は圧倒的だった。採掘場に突入したアルファは通信が途絶え、デルタは……キナバルはスクリーンを見つめた。
 デルタはうまくいっている……どういうことだ?
 データによれば、デルタはシティ上空の制空権を確保しつつあった。マッスルを4機撃墜したが、損害はゼロだった。
 コックスは首をひねった。おかしい……先の戦闘から言えば、ドギーハウスがここまで強いはずがないのだ……デルタが交戦したときのドギーハウスはもっと弱かった。いったいどういう……。不意にコックスは理解した。敵は、最初は手加減をしたのだ。こちらのコンピューターに誤った解析をさせるために。戦術支援コンピューターは戦闘結果とカタログデータの両面からターゲットの能力を判定するが、ギャラントに装備されているタイプは、カタログデータより実戦の結果を重視する傾向があった。
 つまり敵は、こちらの搭載システムが判るほど頭のいい人間と言うことになる……だが、そんな人間が存在するというのか?
 コックスは視線を感じ、顔を上げた。
 キナバルが自分を見ていた。
 二人はちょっとの間、顔を見合わせた。コックスはキナバルの思案を瞬時に理解した。君はどう思う、少佐? 彼等を……デルタを地下へ行かせるべきだろうか? それとも撤退か?
 コックスは迷っていた。
 行かせても成功率は低い。だが、撤退させたら住民はどうなる? 我々を信じ、救助を心から待ち望んでいる住民は? テロリストの餌食にしろというのか? ダメだ。それは出来ない。我々には義務を果たす責任がある。たとえそれ故に倒れることがあっても……。
 コックスは微かに頷いた。キナバルにはそれで充分だった。彼はデルタに命令を下すべく、マイクのスイッチを入れた。カレンのことは頭から追い出した。自分は指揮官なのだ。

 ラング達はマッスルを撃墜し続けていた。資材運搬用トレーラーに過ぎないマッスルは、上方にある放電ユニットにさえ気をつければ、それほど手強い相手ではない。そのためラングは、編隊を分散させて個々にマッスルを攻撃させていた。


==NOVEL PHILOSOMA==



2010/03/31 23:18 | Comments(0) | TrackBack() | ゲーム
==NOVEL PHILOSOMA== 07

==SCENE 04==

「ラジャー。こちらチャーリーリーダー。チャーリーフライトはこれより補給を受ける。クラウス、カート、ズーム上昇で私に続け」
「ラジャー」
「ラジャー」
「ラング、チャーリーフライトはメインラインで補給機と合流。デルタフライトはトンネルを飛ぶ」
「ラジャー」
「間もなくシティ突入、分岐点」
 アリスのコールが響いた。前方に微かにトンネルの入り口が見えてきた。それは瞬く間に拡大し、彼女の視野一杯に広がった。
「ブレイク……ナウ」
 ミショーのコールと共に、編隊はふたつに分かれた。チャーリーは上空へ、デルタはトンネルへ……。そのタイミングの良さは、アクロバット・チームのメンバーが見ても舌を巻くほどだった。
 だが、この決断は、ミショーとラングが犯した最大のミスだった……二人は立て続けの戦闘で消耗し、疲労しきっていた。
 マーフィーの法則の適用が、チャーリーフライトに迫ろうとしていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 偵察小隊の指揮を執るアイスバーグ中尉は、その人物の前にいるだけで劣等感を感じた。だが、彼はそこから離れるわけにはいかず、ただむず痒い思いを味わっていた。
 彼は、生存者と共に、降下艇の中にいた。
 生存者は不思議な人物だった。
 見たところは普通の老人だ。プラチナの髪、涼しげな灰色の瞳、短く刈り込まれたあご髭……その姿は、ひどく高貴な感じがした。男が上流階級の出身なのは確かだ。
 だが、どこかで見たような気もするのだ。中尉は記憶をたどったが、どうしても思い出すことが出来なかった。
 ただ、それだけなら、中尉はこんなむず痒い思いはしなかったろう。
 男には不思議な雰囲気があった。保護されてからは、一言も口を聞かなかったが、その灰色の瞳には、冷徹な意志が存在した。その眼を見ているだけで、喉元にナイフを這わされているような気がした。
 男がこちらを見た。中尉は内心を見透かされたような気がして、思わず一歩引いた。
「落ち着きたまえ、中尉」
 不思議によく通る声だった。アイスバーグは思わず身構えた。
「困惑は判るが、落ち着いて任務を果たしてくれ」
「………?」
 アイスバーグは怪訝に生存者を見つめた。レスキューは何度もやったが、こんな事を言われたのは初めてだ。だいたい、なぜこの男だけが助かったんだ?
 中尉は思わず顔をしかめた。シティ外周部に降下した偵察小隊を待っていたのは、遺体の山だったのである。
 建物は、最初は無人に見えた。だが、地下を捜索した彼等は思わず息を呑んだ。研究所のほぼ全員が遺体で発見されたのだ。そのむごさに、兵達は呆然としていた。全員が頭を割られていて、そこから血と脳漿が流れ出ていた。中尉は吐き気を懸命にこらえ───指揮官が部下の前で吐けるものか───その場を離れるよう命じた。
 いったいどんな武器を使ったのか?
 彼は顔をしかめた。傷口の広がりかたからして、鈍器に近いものなのは確かだ。だが、100人以上の頭を鈍器で叩きつぶすなんて……物理的にそんなことが可能なのだろうか? 銃を使わずに鈍器で100人以上の人間を殺すなど……。
 中尉の思案を破るかのように、男が口を開いた。
「キナバル大佐に伝えてくれ。話があるとな」
「大佐に?」
 唖然とする中尉に男は微笑んだ。
 発着デッキが目前に迫っていた。

「こちらスターリン、ミショー大尉、チャーリーフライトを探知した。今から降下する」
 スターリンとは、空中補給機「グレインジャー」のコードネームだった。この機体は、ストレガ3機分の携行弾薬定数を補給できた。しかも、空中にありながらだ。
 方法は空母の着艦と基本的には同じだ。補給を受ける機体は、グレインジャーの胴体上部に設けられた甲板に着艦する。あとは、エレベーターで格納庫まで運ばれ、そこで整備と補給を受けることができる。
 その故にグレインジャーは巨大だった。全長は約300メートル、重量も2000トンはある。
 ただし、武装はほぼゼロに近かった。一応、近接迎撃用のバルカンが2門あるが、基本的に機体を守るのは、高度なアビオニクスとステルス技術だけといっていい。
 といっても、グレインジャーを操る当のパイロットは何も心配していなかった。シン・ハイウッド中尉が操るグレインジャー───コードネーム「スターリン」は、220上空をフル・ステルスで飛んでいた。この機体を探知するには、レーダーでは無理だ。赤外線探査専門に切り替え、よほど接近しない限り探知は不可能だった。それも、グレインジャーがノーマル・モードで飛行していると仮定しての話だ。燃料に添加剤を加え、光学迷彩モードを使用するフル・ステルスなら、いかなる探知も不可能なのがグレインジャーだ。
 ハイウッドはスティックを操り、機体を眼下の雲面に降下させた。IRセンサーでは、ミショーの指揮するチャーリー・フライトはその下にいるはずだ。

「どういうことです?」
 コックスの問いにキナバルは鼻を鳴らした。
「私が知るはずがないだろう」
 生存者がキナバルとの対面を望んでいると知り、彼は当惑の色を隠さなかった。なぜなら、キナバルがギャラントに着任したことを知るものは、ごく一部の者に限られていたからだ。左官クラスにのみ配布される定期情報を読む立場の者以外、人事異動が知られることはまずない。
 いったい何者だ? 考えられるのは軍人しかないが、それなら官姓名を名乗るはずだ。
 不意に、扉が開く音がした……。
 キナバルは振り返り、そこで氷のように凝結した。
 男が入り口に立っていた。それは、キナバルが二度と忘れられない人物……。
 ───ローランド・クラーク博士だった。

 キナバルは呆然とクラークを見つめた。
 天才の名をほしいままにしたクラーク博士は、7年前に科学探査船「S・ホーキング」に乗り込み、行方不明となった。同行した95名の科学者達とともに……。
 救難作業の実質的な指揮に当たっていたキナバルは、救難失敗の責任を取らされ、降格、左遷された。
 そのクラークがなぜここにいる……。
「大佐、よく来てくれた」
「クラーク博士、あなたは…本物なのか?」
 ようやく茫然自失の状態から立ち直ったキナバルは、クラークに尋ねた。
 キナバルは、クラークとは直接の面識はなかった。だが、テレビや雑誌の写真でその姿は何度も見ていた。他人のそら似ということもあり得る……キナバルが立ち直ったのは、その点に思い至ったからだ。
 クラークはかすかに笑った。
「本物のクラークだよ」
 信じられない……これは手の込んだペテンではないのか?
「疑うなら、指紋でもDNA鑑定でも、何でもやるがいい。だがその前に私の話を聞くんだ。住民を無事に助けたかったらな」
 顔を見合わせるキナバルとコックスに、クラークはかすかに鼻を鳴らした。
「君たちに選択の余地などない。だいたい、君たちは、あの星で採掘されているモノが何か、知っているのか?」
 コックスは虚を衝かれた。そうだ……司令部にその点を問い合わせたが、未だに返事はなかった。
「司令部の愚か者どもは、ダンマリを決め込んで何も言ってこないはずだ。違うかね、大佐? 図星ならさっさとこの私の話…」
 キナバルは手でクラークを遮った。
「話して下さい、博士」
「…………」
 クラークが微笑した。
 それを見たコックスは、なぜか身震いがした。

 ミショーのチャーリー・フライトは、全機無事にグレインジャーへの着艦を果たし、補給が始まっていた。
 グレインジャーのパイロット、ハイウッド中尉はリラックスしていた。グレインジャーのステルスは完璧だ。彼はのんびりとパソコンの雑誌をめくっていた。ゲイトウェイの新型を彼は買うつもりだった。
 電子音が鳴った。ミショー機の補給が完了したことの合図だった。テレトークが鳴った。
「こちらミショー、補給完了。スターリン、発艦許可を願う」
「ラジャー。エレベーター上昇、タイミングを見て発艦して下さい」
 ハイウッドはエレベーターのスイッチを入れた。グレインジャーは飛行機というより、空飛ぶミニ空母だった。アイディアとしては、飛行船が誕生したときから唱えられていた。だが、現実にこの種の機体が飛び始めたのは、21世紀も後半にさしかかってからだ。
 上昇するエレベーターにミショーのストレガはあった。足下では、カートとクラウスのストレガが補給中だ。
 エレベーターが停止した。
 ミショーは周囲を見渡した。空と雲以外はなにもない……見晴らしは最高だ。グレインジャーは無尾翼機のため、上部に構造物は一切存在しない。
 発艦前の準備をミショーはアリスに命じた。レーダーに続いて、IRセンサーをチェックする……。
 その瞬間、ミショーは蒼白になり、凝結した。前方から何かが高速で接近している。ディスプレイに、微かにひっかいたような薄い航跡が数本あった。位置は正面、速度は……マッハ4! つまりこれは……。
「スターリン、ミサイルワーニング! 回避!」
 ミショーは怒鳴るや、バーナーを全開にした。彼女のストレガは猛然と発進した。
「アリス、オールウェポンズフリー!」
 ウェポン・ベイが開き、抵抗で機速が落ちる。かまわずミショーは捜索用レーダーを照射した。何も映らない……敵もステルスだ。パッシブセンサー搭載ステルス対空ミサイルに違いない。
「フォックス・ツー・ファイア!」
 ミショーは怒鳴った。IR/CCDセンサー搭載のウッドペッカーに映らない以上、探知は赤外線とイメージセンサーだけが頼りだ。
 続いてミショーはFLIR───前方赤外線探査機を起動した。輝点が7つ、見る間に接近して来る。敵ミサイルだ。
「アリス、パルスレーザー!」
 兵装コントロールがレーザーに切り替わる。続いてサイトに爆発が二つ浮かぶ。ウッドペッカーが命中したのだ。
 カートかクラウスのどちらかが出るまで時間を稼がなければならなかった。ミショーは惜しげもなくウッドペッカーを連射した。このミサイルはファイア・アンド・フォゲット───撃ち放ちができ、発射した分の敵を墜としてくれる。パルス・レーザーだけでは、複数目標に一度に対処するのは無理だ。
 立て続けに発射された5発のウッドペッカーは、それぞれターゲットにヒットした。空中で火球が立て続けに産まれ、黒煙が上がる。
 ミショーは自分のうかつさを罵った。チャーリーの補給の間、デルタを護衛に当たらせるべきだった。グレインジャーのステルス性能をあてにしすぎた。せめて、どれか一機を警戒に残すべきだったと……。
 後方ではグレインジャーが少しでもミサイルから遠ざかろうとしていた。カートとクラウスのストレガは間に合いそうにない。
 敵ミサイルはあと2発。すでに距離は4マイルをきっている。ミショーは兵装コントロールをレーザーに切り替え、発射ボタンを押した。
 ライト・グリーンのレーザー・パルスが立て続けに放たれ、次の瞬間ミサイルと交差する。
 火球が空中に連続して生じた。
「やった!」
 思わずミショーは叫んでいた。
 全機撃墜だ。グレインジャーは守りきった……歓喜の表情でミショーは振り返り……そして、我が目を疑った。
 グレインジャーのエレベーターから火炎が吹き上がっていた。
 次の瞬間、グレインジャーは巨大な火球に包まれた。搭載していた燃料が誘爆したのだ。火球は急速に拡大し、強烈な閃光と衝撃波と、破片を周囲に撒き散らした。
 間をおいて、ドーンという鈍い爆発音が響いてくる……。
 ミショーは呆然としていた……何が起こったのか、彼女には理解できなかった。飛来したミサイルはすべて撃墜したはずだ……なのに、どうして……?
 不意にIRセンサーが輝き、警報音を発した。ミショーは、左側面の雲が割れ、巨大な影が浮かび上がるのを見た。それは黒褐色のボディを持つ、巨大な機体だった。
「コーション、ニューターゲット。スリー・オ・クロック、ブラックウィドゥ」
 APS-7ブラックウィドウ───シンフォ・カイファーが開発した無人空中機動防御システム。高度なステルス性を持ち、ステルス・ミサイルを主武装とする黒衣の未亡人……。
 ミショーはステルスミサイルが飛来した段階で存在に気づくべきだった。彼女は悟った。自分が致命的な過ちを犯したことを……。
 ブラックウィドウのミサイルハッチが開き、攻撃態勢に移行した。
 本能的な怒りに駆られた彼女は、兵装コントロールスイッチを跳ね上げた。だが、次の瞬間、ミショーは氷のように凝結した……。あり得ないものを彼女は見ていた。なんだ、あれは……馬鹿な……そんな馬鹿な……。
 ミショーは自分が発狂したのだと思った。ブラックウィドゥの姿は……悪夢そのものだった……なぜなら、それは……。

 キナバルは、7年前の悪夢の具象を目にしていた。2メートルと離れていない黒板の傍らで、クラーク博士が喋っていた。
「プラネット220は、太陽系最大のコンツェルン、シンフォ・カイファーが六年前から採掘を始めた鉱石採掘惑星だ。惑星の直径約500キロ、重力0.9G……」
 スクリーンには220の全景が映し出されている。キナバルの困惑は深かった。指紋とDNA照合で、博士は間違いなく本物と出た。クラークは生きていたのだ。
 クラークは手元のキーボードを叩いた。スクリーンは、ディープ・グリーンに輝く鉱石を映した。
「さて、問題はこの鉱石だ。コイツの正体だが……」
 その一部が拡大され、多結晶構造が浮かび上がった。クラークは一同を見渡した。
「鉱石の名はイプシロン・ワン。エネルギー効率100%を誇る物質だ」
「効率100%……ドクター、量はいかほどです?」
「さあ……何千万トンあるか、見当もつかん。なにしろ、惑星中心核の全てだからな」
 室内が微かにざわついた。眉唾物だとコックスは思った。なぜなら、効率100の物質とは、反物質だからだ。
 反物質は、通常物質と合わせると、対消滅反応を起こしてその全てがエネルギーへと変換される。その製法は、21世紀初頭にはすでに確立されていた。
 だが、反物質には大きな問題点があった。それは、反物質を製造するためのコストがべらぼうに高いことだった。最もロー・コストな太陽熱発電衛星を使用しての製造でも、僅か1グラムを製造するのに300億ドルの経費が必要だ。そのため反物質は、運営コストをある程度無視できる軍用宇宙船以外には使用されていない……。だが、220には、無尽蔵と言っていい分量の反物質があるという……それだけならまだしも……コックスは思った。そんな分量がなぜ通常空間に存在するのだ? 反物質の保存にはニュートラル・循環コイルの存在が欠かせないのは常識だ。それなしでは、多量の反物質の保存は不可能だ。たちまち対消滅反応を引き起こし、大爆発を起こす。
 コックスの思案を見て取ったクラークは微笑した。
「少佐、イプシロン・ワンは、それを可能にした。多結晶部分が反物質のコアを覆い、対消滅反応を未然に防いでいるんだ」
「まさか……」
「事実だ。だからこそ一連の事件が起きた」
 ボイド大尉が疑問を口にした。
「一連の事件……今回の惑星遭難ですか?」
「もっと以前からの話だよ、大尉。政府はイプシロンワンの存在を隠すために、私の乗るホーキングをわざと遭難させたんだ」
 ボイド大尉が「あっ!」という顔になった。それは誰もが同じだった。
 クラークはコンソールを操作した。スクリーンには、反応爆弾の概念図が現れた。
「反物質を利用すれば、核兵器など問題にならぬほどの強力な爆弾ができる。時の連合政府が警戒したのも無理はない」
 コックスは思わず呟いた。
「それを手にした者は勝利を得る……」
 クラークはテーブルを軽く叩いた。
「そうだ。今まで反物質爆弾が造られなかったのは、コストの問題が解決できなかったからに過ぎない。核兵器の方が遙かに安上がりだからな……だが、これが安価に製造され、独立運動に結びついたらどうなるか……再び戦争だ。連合政府は崩壊し、最悪の場合、人類は反物質爆弾の応酬で滅亡するだろう」
 室内に初めてどよめきが起こった。
 クラークは再びキナバルを見た。
「大佐、220を含む空域は、何としても封鎖する必要があった。だが、それには理由が必要だ……ホーキングの遭難は、その理由付けの一つだったのだよ」
「…………」
「最初にイプシロンワンを発見したのは、多国籍企業、シンフォ・カイファーだ。政府は彼等のみにその採掘権を認め、全ての情報をトップシークレットに指定した」
 スクリーンが切り替わり、ホーキングの残骸が映し出された。
「次に、ホーキングの遭難が設定された。220周辺はアンタッチャブル・エリアに指定され、以後の機密は完全に保たれた」
「乗っていた科学者たちはどうなったんです?」
「彼等は全員、220でイプシロン・ワンの研究を行っている」
 全員が顔を見合わせた……よくも考えたものだ。超一流の科学者を集めることは容易ではない。まして、長年にわたって一カ所に留め置き、秘密に研究をさせるなど、平時では絶対に不可能だ。かならず不信を抱く者が現れ、いつかは真相が露見する。
 だが、死んだことにしてしまえば、問題は解消される。文字通り完全な機密保持だ。
 その間もクラークの長広舌は続いていた。
「一方シンフォ・カイファーは、自社が生産したあらゆる兵器を導入し、史上最高の防衛網を220に作り上げた。だが、政府としてはそれだけでは不安だった。そこで、君たちが選ばれたのだ」
 コックスは微かに頷いた。
 220を含む第十三軍管区は、最も重要度の低い辺境の区域だ。つまり、この空域に最精鋭部隊は配備できない。それこそ疑惑を招き、機密保持に支障をきたす。そこで軍首脳は、クセは強いが腕利きが揃っているギャラントを配備した。キナバルを大佐へと昇進させ、ギャラントを第十三軍管区専属としたのだ……。
 コックスは、キナバルを見た。
 鉄面皮の彼にも、人並みの感情はあった。
 コックスは、キナバルの胸に去来する感情を想像して、思わず胸が詰まった。
 自分がキナバルの立場なら、果たしてどうなるだろうか? 彼は自問した。恐らく、いや、間違いなくキレるだろう。そこまで踏みつけにされたのでは、プライドが持たない……軍人として、人間としてのプライドが……。
 キナバルがゆっくりと立ち上がるのが見えた。乗員の誰もが、彼がいつ怒りを爆発させるかと、その姿を見守った。
 だが、彼は言った。
「博士、それで、敵の正体は?」

 オレンジ色の壁面が高速で流れていた。
 ラングを戦闘にデルタフライトは、シティに通じるアクセスルートのトンエルをグランド・モードに切り替えて飛んでいた。
 ラングはふと、グランド・モードを初めて見たときのことを思い出した。その姿は、飛行機とは思えなかった。横並びに配備されているエンジンが、機体に対して直角に位置しており、まるで脚が二つ生えたように見えた。
「おいおい……ストレガを歩かせるつもりか?」
 呆れかえるラングに、技術主任は微笑んだ。
「御名答です、大尉。コイツはグランド・モードと言って、地面効果を利用して地表スレスレを飛ぶときに使います」
「メリットはあるのか?」
「ホバリングが簡単にできますし、低空侵攻時には申し分なし。それに、この体型なら墜落の心配もない訳で……」
「…………」
 誰が考えたか知らないが、そいつは病院に行ったほうがいい…ラングはそう思った。
 だが、実際に飛ばしてみると、このモードは非常に良くできていた。何よりも墜落の心配がないのがいい。低空侵攻はパイロットには胃の痛いミッションだが、グランド・モードなら鼻歌交じりでこなすことが出来た。
 ラングはモニターに視線を走らせた。ディースリーは、指示したとおりの位置、ラングの後方100フィートぴったりにつけていた。
 いい度胸だ……あの若造、案外拾い者かもしれんな……。
 トンネルに突入したデルタフライトを待っていたのは、重武装のホバー連結器だった。ラングは、一時は全滅さえ覚悟したが、ディースリーは対地攻撃に使うパラグレネードをホバー連結器に叩き込み、敵の足を止めた。あとは楽勝だった。3機同時にロケット弾を叩き込み、ホバー連結器を地獄の底へと吹き飛ばしたのだ……。
「ディースリー、最近のアナポリスは変わった戦術を教えるんだな?」
「ええ……」
 無愛想な声が返ってきた。今まで無視されていた事に腹を立てているらしい。
 ラングは苦笑した。まあいい。頼りになる相棒ができたことに違いはないのだ……今はカレンより、ディースリーの方が当てになる。
 ラングは任務に徹底してシビアな男だった。恋愛感情と仕事は完全に別のものだ。だからこそ生き残ってこれた。そうだ、アイザック・ラングは、周りが思うほど粗雑な男ではない。ポーズとして自分をそう演出することはあっても、その本質はクールだ。断じてただの無頼パイロットではないのだ。
 では、なぜ彼はそんなポーズを取るのか……それは単に、ギャラントというアウトローな環境に適応するためだった。
 それを知ったら、カレンは俺をどう思うだろう?
 ラングは自問し、微かに肩をすくめた。
 カレン・レイノックス……彼女は赴任の時から俺を知っているようだった。モーションをかけてきたのも向こうからだ……やがて俺は全ての選択肢を奪われ……そして…。
 ラングとカレンがつき合うようになって、一年が経とうとしていた。
 今のところ、誰にもカレンと俺のつき合いは悟られていないが……いずれは周囲にバレる。その時は公認のカップルに祭り上げられ……何せ、連中ときたらお祭りが好きだからな。そのくせ妙に古風でモラリストの側面があって……つき合いだしたからには、結婚しろ、と言い出す連中ばかりだ。しかし、彼女が俺に夢中なのは、無頼漢としての俺じゃないのか? それは俺の演技であって、本質ではない……この点を見抜けぬ女と、果たして今後ともつき合えるのだろうか?
 ラングは微かに肩をすくめ、後方監視モニターに映るカレン機を見つめた。
 カレンとの仲は、そろそろ考え直したほうがいいかもしれない……ラングはふとそう思った……なぜなら、1年経っても彼女は俺を完全に理解しなかった……いや、恐らく永遠に出来ないだろう……世間知らずのお嬢様を相手にするのも、そろそろ限界かも…。
 警報が鳴った。
 ラングは思索を止め、前方を見た。ピンホールほどの大きさの出口が微かに見えていた……それは瞬く間に拡大し、やがて視野一杯に広がった。
 

他章


2010/03/24 22:12 | Comments(0) | TrackBack() | ゲーム
==NOVEL PHILOSOMA== 06

==SCENE 03==

「ギャラントより全機へフラッシュ。スペースポートが敵に制圧された」
「敵に?ブラボーは……?」
 ポートは先行したブラボーが制圧しているはずだ。ミショーは言いかけて気づいた。つまりそれが意味する事実は……。
 コックスに続いてキナバルの声が響いた。
「全滅した」
 ミショーは思わず目を閉じた。指揮権を無視してラングが無線のカフをあげるのが判った。だが、彼女は止める気は起きなかった。
「ブラボーが全滅……それじゃ、ターナーも?」
「戦死だ」
「アイツが……」
 そう言ったきりラングは絶句した。
 ミショーは知っていた。ブラボーのフライトリーダー、フィル・ターナーは彼の親友だった……。
 ……だった、か……すでに過去形になってしまっている……ミショーは微かに思った。戦闘とはそういうものなのだ。
「ポートは迂回、アクセスルートをパスしろ」
「ラジャー」
 ミショーは事務的に応じた。ブラボーには気の毒だが、ミショーは仇討ちをやる気はなかった。自分の任務は、生存者のいるポイントを確保し、救難機の到着までそこを維持する事なのだ。
「全機、コースをアクセスルートにセット。スペースポートを迂回する」
「ラジャー」
 アクセスルートは、ポートとシティを結ぶ交通網だ。電子音と共にディスプレイにマップがオープンした。続いて侵攻ラインがレッドで表示される。再び警報音が鳴り響いた。
「コウション。敵、火器管制レーダー作動」
「ミショー、ロックされているぞ」
 ラングのコールが来た。さすがはベテランだ。すでに彼は冷静さを取り戻していた。
「敵、攻撃態勢。回避不能」
「全機、コンバットオープン」
 編隊がブレークした。戦闘再開だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 コックスはリポートに目を通していた。結局、スレイブ・コードは全く役に立たなかった。それが意味する事は、ただ一つだ。
 防衛システムはブレイクダウンしたのではなかった。乗っ取られたのだった。司令部は半信半疑だったが、コックスはそう結論を出していた。また、それを指示するデータも彼は手にしていた。ブレイクダウンにしては、防衛システムの攻撃パターンが合理的すぎる。明らかに、何らかの意志が介在しての攻撃だ。
 だがそれには、指揮管制の中心である220防災センターを占拠しなければならない。
 問題は、どうやって、誰が占拠したかだ。コックスは、その方法を考えようとしていた。方法から逆算すれば、相手の戦力や能力を割り出すことが出来る。
 コックスの手元には、防災センターの詳細なデータがあった。一読したコックスは、その徹底性に驚嘆していた。
 まずセンターへの侵入自体がほとんど不可能だった。多層配備されたレーザーと機関砲、対人地雷、装甲車両による強襲を考えてのトップ・アタック兵器、空からの攻撃には対空ミサイルとレーザーが配備されている。BC兵器を叩き込まれても、センサーが探知して警報を出し、スタンバイ・モードに移行する。そうなったら、自衛以外の行動は取れない。解除するには認証コードが必要だが、それは国防総省の地下大金庫の中だ。
 職員になりすまして乗っ取るのは古典的な手だが、指紋、網膜照合、声紋などの多重チェックがある。たとえセンサーをだましても、警備兵による厳重なボディチェックがある
 仮にその段階をクリアしたとする。だが、防衛コンピューターのアクセスには、認証コードが必要だ。コードは毎日変わり、担当者はそれを専用の金庫から出す。その金庫を使うには、厳重なチェックと共に複数の人間が同時にキーをまわさねばならず……ほとんどICBMの発射と同じだな。この保安システムを考えたのは粘着気質の技術者に違いない。ほとんどパラノイアだ。
 外部からのアクセスはどうだ? これも認証コードが必要だ。コードは素因数分解を利用して造られた特殊なもので、解読しようとしても不可能だ。ギャラントのコンピューターでも最低数百年はかかる。
 不可能だ……とても不可能だ。こんなシステムをどうやって乗っ取れというんだ?
 頭を抱えるコックスをよそに、管制官のボイド大尉が顔を上げた。
「大佐、シティ外縁部に降下した偵察小隊から入電です」
 コマンド・シートにかけていたキナバルは椅子ごと振り返った。偵察小隊を降ろした事を、彼は一連の混乱の中で忘れていた。
「何と言っている?」
「生存者を発見したそうです」
「なに?」
 思わずキナバルは立ち上がった。
「現在、降下艇で搬送しています。あと5分で到着します」

 ミショー達のフライトは、ようやくアクセスルート上空に達していた。
 彼女は顔をしかめてディスプレイの残弾表示を見つめていた。残りは、ランサーが3発にウッドペッカーが2発、バルカン砲の残弾が130発……少ない……少なすぎる。スペースポートの戦闘で弾薬を消費しすぎたのだ。
 だが、使っていなければ確実に全滅しただろう……それほど激しい戦いだった。
 ポートを中心として約10マイルは対空ミサイルの海だった。ブレイクとチャフとフレア、ECM……あらゆる手を使った。
 ミショーは全滅回避をアリスに指示し……アリスは、ミサイル発射をコントロールするユニットへの攻撃を立案した。
 だが、ユニットは発射台の真下にあり、無数の対空ミサイルで厳重に守られていた。ミショー達は、最後の手段としてバスター・グレネードを集中使用し、発射台ごと根こそぎ管制ユニットを吹き飛ばした。それは壮絶な光景だった。連鎖爆発でシャトル用の地下燃料タンクまでもが誘爆した。不気味なキノコ雲が立ち上ったときは、核爆発かと見間違えたほどだ。
 わずか5分の戦闘でポートは完全に破壊された。復旧まで最低2年とアリスは報告した。ほとんど作り直すのに等しい年数だ。
 だが、やってしまったものは仕方がない……施設は作り直しが出来るが、人命はそうはいかないのだ……まして、優れたパイロットたちの命は……。
 ミショーのぼんやりとした意識を、アリスのコールが破った。
「チャーリーフライト、ブレッドレベルレッド。サプライ・コール」
 チャーリーの弾薬が危険レベル……ミショーはラングを呼んだ。
「チャーリーリーダーよりデルタリーダー。ブレッドチェック」
「デルタフライトは大丈夫だ」
「ラジャー。チャーリーリーダーよりギャラント。チャーリーリーダーは弾薬補給をコール」
 雑音の中からコックスの声が響いた。
「こちらギャラント。すでに空中補給機を向かわせた」
 手回しのいいことだ……。
 ミショーは肩をすくめた。ミショーを軍隊に引っ張り込んだ張本人は、すべてに渡ってそつがなかった。常に完璧だ。
 時たま、彼女は思う事があった。あのとき、コックスの取引に応じていなかったら、自分の人生はどうなっていただろう、と……。
 どちらにせよ、先の見えないトンネルのような人生だったろう。それだけは、確かだ。ミショーは、軍隊という牢獄に自分を引き込んだコックスを恨みには思わなかったが、同時に感謝する気も起こらなかった。
 だが、今は彼の配慮がありがたかった。弾薬のない戦闘機などただの標的だ。ミショーはカフをあげた。


他章



2010/03/17 21:38 | Comments(0) | TrackBack() | ゲーム
==NOVEL PHILOSOMA== 05

==SCENE 02==

「ヴィジュアル・ID・ターゲット、ドギーハウス、チャージ・モード接近」
「ドギー、射出しました!」
 チャーリー・フライトのクラウスが叫んだ。
 ドギーハウスからドギーが射出されていた。ドギーは一種の巡航ミサイルだ。オレンジ色のその姿は、ミサイルの尾部に似ていた。フィンだけが飛んでいるような寸詰まりのデザインだ。魚で言えばマンボウに近い。空力的には全く不細工なものだが、攻撃力は高い……。機首に装備している20ミリ機関砲弾を喰らったら、ストレガといえども危険だ。
 ドギーは4機編隊で接近していた。生き残る方法はただ一つ。先にドギーを片づけ、あとは一気にドギーハウスを叩く……ミショーは決断した。
「ハント、カート、ドギーを殺れ。残りはドギーハウス」
「ラジャー」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ハントとカートのストレガのウェポン・ベイが開いた。続いてウッドペッカー・ミサイルが空中に放たれる。轟音と共にロケットモーターが点火し、ミサイルは炎と白煙を引きながら目標を目指した。
 ウッドペッカーはヒューズ・エアクラフト社が開発した短射程空対空ミサイルだ。誘導方式は赤外線とCCDイメージセンサーを併用し、高い命中率を誇る。
 空中で爆発が起こった。ハントとカートの放った4発のウッドペッカーは、3発がそれぞれドギーに命中した。だが、残る1機はミサイルを回避し、ストレガへ向かってきた。
 ハント中尉はレーダーをボアサイト・モードに切り替えた。これはレーダーを直前方にのみ固定し、ヘッド・アップ・ディスプレイ内に入ったターゲットを射撃するモードだ。レーダーのビーム幅は60ミル。ヘッド・アップ・ディスプレイの表示幅とほぼ一致する。パイロットは、ただディスプレイ上にターゲットを捉える事に集中すればいい。
 彼はドギーを照準レティクルに捉えた。距離は約1マイル。トリガーを引きかけたハントは、前方にきらめきを見た。なんだ……?
 次の瞬間、彼のストレガは爆発していた。シートを貫く強烈な光が網膜を焼き尽くす。
 オレンジ色に輝く光の塊……それがハントの見た最後の光景だった。
 ドギーの放った20ミリ機関砲弾がストレガのウェポン・ベイを直撃し、残りのミサイルと弾薬を爆発させたのだ。
 その破壊力は圧倒的だった。ハントのストレガは内部からの爆発により瞬時に引き裂かれ、ちぎれ、四散した。
 あとに残ったのは、空中爆発の炎と白煙だけだった……。
「ハント!」
 ミショーは叫んだ。敵はウェポン・ベイを狙った……なんてヤツだ……ならば……。
「フォックス・スリー」
 最初からバルカンで勝負だ。ミショーはスロットルを全開にしてドギーに突撃した。ドギーは真正面───ヘッド音だ。戦闘機相手の空戦では相打ちになるため厳禁されている。危険だ……ええい、かまうものか、墜ちろ!
 バルカンが吠えた。アサルトウイングの付け根から、オレンジ色に輝く弾流がほとばしる。口径20ミリの劣化ウラニウム弾が、徹甲弾、通常弾、曳光弾、焼夷榴弾の順で毎分8000発の高速で放たれる。発射の轟音は電動ノコの唸りにそっくりだ。曳光弾が空中を飛翔するのがはっきり見える。
 ゼロコンマ8秒後、ドギーと曳光弾が交差した。爆発が起きる……ドギーは20ミリ弾の直撃を受け、空中分解した。
 ハントの仇はとった……だが、ドギーハウスはまだ健在だ。
 ミショーは右へバンクして機首をドギーハウスへと向けた。
「全機、フォーメーション・アルファフォー」
「ラジャー」

 ギャラントのCICでは、全員が息を呑んでスクリーンを見つめていた。ストレガに搭載されているビデオカメラからの映像が、メインスクリーンに投影されていた。
「無謀だ……無謀すぎる……」
 呆れ顔でコックスは呟いた。
 ストレガ6機とドギーハウス3機では勝負にならない。ドギーハウスは近接戦闘でも手強い。ミサイル、バルカンを始めとするあらゆる武器を装備している……正面きった接近は、ただ撃墜されに行くようなものだ。

 ミショーにしてもその点は覚悟していた。だが、逃げては捕捉され、結局は撃墜される。ドギーハウスを倒すしか道はないのだ。
 ミショーの作戦はただ一つ。ドギーハウスにロケット弾を集中して叩き込むのだ。チタニウムと特殊セラミックスで構成されている、厚さ180ミリの複合装甲を張り巡らしているドギーハウスを墜とすには、それしかない。
 ヘッド・アップ・ディスプレイにドギーハウスが映った。距離は約7マイル。ミショーはアリスに同時集中攻撃を命じた。
「ファイア」
 ストレガ全機から一斉にロケット弾が発射された。オレンジ色に輝く弾体が虚空の一点に向けて吸い込まれていく。そこはブラドギーが移動するであろう未来位置だった。敵の回避運動の偏差を組みこんで放たれたロケット弾は、74%という……無誘導ロケットとしては素晴らしい確率でドギーハウスにヒットした。
 空中に炸裂が起きた。爆炎がターゲットを包み、雷鳴のような爆発音が響いてくる。
 クラウスが叫んだ。
「やった!」
 さらに爆炎が派生する。炎の壁が一面に広がった。だが妙だ……何かおかしい。
 ラングは目を見開いた。
 爆煙が揺らいだ……次の瞬間、ドギーハウスが炎の衣をまといつつ姿を現した。
「なにぃ!」
 ラングは愕然とした。なんてこった……ヤツの表面を僅かに燃やしただけじゃないか……いったいどういう装甲なんだ……?
 彼は唖然としてドギーハウスを見つめていた。ロケット弾が通じない相手には、炸裂量の少ない対空ミサイルは無力だ。
 他の兵装は……? パルス・レーザーではヤツの特殊セラミックスを貫通できない。唯一の策は荷電粒子ビーム───アサルト・ブレイカーだが、この位置では間違いなく相打ちになる。距離を取るために離脱をかけたら……? ダメだ。離脱中に撃墜されるだけだ。
 その時、不意にディースリーが上昇した。一直線にブラドギーのいる上空に向かった。
 何を血迷ったんだ? あれじゃ、墜としてくれと言っているようなものだ……。思わずラングは怒鳴った。
「ディースリー、降下しろ!」
 だが、ディースリーは無視した。彼はアフターバーナーに点火した。ドーン……という音とともに機体が瞬時に加速され、速度がたちまちマッハ2を超える。ズーム上昇をかけつつ、ディースリーはドギーハウスの上をフライパスした。ウェポン・ベイが開くと共に、黒い物体がドギーハウスめがけて投下される。
 ラングは愕然とした。ディースリーが投下したのは爆弾だった。それも50ポンドのMk-38燃料気化爆弾だ。ラングは叫んだ。
「全機、ブレイク!」
 燃料気化爆弾は、エアロゾールを振りまきつつ、ドギーハウスの上空、約70メートルで信管を作動させた。
 次の瞬間、太陽の輝きにも似た閃光がきらめき、続いて巨大な火球が発生した。一平方センチメートルにつき150キロを超える爆圧がドギーハウスを叩きのめす。燃料気化爆弾の最大の特徴は爆圧にあった。この点だけで比較すれば、小型の戦術核に匹敵する(タイプと弾頭重量にもよるが)威力が燃料気化爆弾にはあった……。
 ラングのストレガは、続いて押し寄せた爆風を喰らって激しく揺れた。アリスが全力で補正しているが、それでもセスナでタービュランスの中に飛び込んだような凄まじさだ。
 激しく揺れるコクピットでラングは驚喜した。なんてヤツだ……一発で蹴りをつけやがった。
 たった一発で……。
 火球が消滅し、爆風が煙を吹き飛ばした……爆心地を見たラングは唖然とした。
 ドギーハウスが飛んでいた位置には、200フィートはある巨大なクレーターが開いていた……奴等は全滅したのだ。
 ラングはカフをあげた。
「ディースリー、よくやった」
 何を今さら……。
 ラングのコールに、ディースリーは心の中で呟いた。
 少年のようなおとなしい容貌とは裏腹に、ディースリーは自信家だった。また、それを裏打ちする能力もある。飛行学校ではトップの成績で、教官機すら何度も撃墜した。彼は、(ラングが知れば目をむくだろうが)自分をトップガンの資格があるパイロットだと絶対的に確信していた。
 ノイズと共に今度は別のコールが響く。
「ディースリー、こちらチャーリー・リーダー、ミショー。編隊に戻れ」
「ラジャー」
 ミショー大尉か……ショートカットのブラウンヘア。チャーリーリーダーの腕利き……。一度、お手合わせ願いたい相手だ。訓練でもプライベートでも……。顔立ちはきついが、ミショー大尉は美人だ。こんなヤクザな部隊にいるにはもったいないほどの……。
 ディースリーはニヤリと笑った。ここは一つ、俺の実力をミショーに認めさせ、彼女を口説いてみるのもおもしろい……俺の見たところ、カレン中尉にはどうやら決まった相手がいるようだからな……。
 ミショー達が新米と軽んじていたディースリー……だが、彼は外観と対照的に、恐ろしいほどシビアな内面を、パイロットとしてハイレベルの力量を持っていた。彼の存在は、ある意味で今回のミッションの性格を象徴するものとなった。後にX-FILE0139として最高機密に指定される220レスキュー・オペレーション……ディースリーとミショーには、その当事者として当局の長期の尋問と拘留が待ち受けており、二人は嫌がうえでも接近するのだが……それは先の話だ。
 続きを話そう。
 ディースリーの戦果を見たギャラントのCICは、今やスーパーボールの観客席と化していた。誰もが歓声を上げ、腕を振り上げている。あのキナバルですら笑みを浮かべていた。
 ただ一人の例外はコックスだった。彼は難しい顔をして手元のモニターを睨んでいた。彼はデータの意味するところを理解しつつあったのだが…不幸な偶然がそれを砕いた。
 警報音と共にメイン・スクリーンにある単語が表示された。その瞬間、歓声はピタリと止んだ……いったい何が……? 思わずコックスは顔を上げ、そして息を呑んだ。

 ミショーは酸素マスクを着け、アリスに上昇を指示した。低空進入はこりごりだった。高度があったほうがまだ対処しやすい。フラッシュ・コールが響いたのはその時だった。
 


他章


2010/03/10 23:45 | Comments(0) | TrackBack() | ゲーム
==NOVEL PHILOSOMA== 04

==SCENE 01==

「ラングよりディースリー、距離を詰めろ」
「ラジャー」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ディースリーの機体がすこし前に出る。
「セブン・オ・クロックにボギー」
「スプラッシュ」
「フォックス・ツー・ファイア」
 コールと爆発音が響く中、ミショーは戦闘機動を繰り返しつつカレンとディースリーの動きを観察していた。
 二人とも、射撃の命中率はあまり高くないようだ。彼女は素早くパッドを操作して二人の命中率をCRTに出した。
「Shit……」
 思わず罵声が漏れた。カレンの方がディースリーよりも低い命中率だ。

 兵学校出の新入りに抜かれるなんて……モニターに映るカレンの機体に、ミショーは心の中で毒づいた。ミショーは、兵学校を始めとする学歴の高い者を軽蔑していた。
 だがそれは、彼女の頭が悪いことを意味しない。むしろ逆だ。ミショーは、かつて医大でウィルス学を専攻する学生だった。成績はトップクラスで、指導教官の受けも良かった。あの頃は輝いていた……未来への希望と、夢と、恋人と、そして何よりも愛する家族があった。生涯の最良の刻を選べと言われたら、ミショーはためらいなくこの日々を選んだだろう。
 だが、ひとりの酔っぱらいが彼女の運命を変えた。ミショーの両親は、信号を無視し、側面から突っ込んできた酔っぱらいの車のため重傷を負った。
 生きてさえいてくれたら……知らせを受けたミショーは車で病院に向かった。
 ここまでは、誰にでも起こり得る話だ。不幸な話なのは確かだが……。ミショーの悲劇はここから始まった。彼女は病院に向けて全速力で車を飛ばし、たどり着く寸前に、同様に飛ばしてきた救急車と正面衝突した……。
 救急車の患者とドライバーは重傷、ミショー自身も両足を複雑骨折し、肋骨を3本折った。折れた肋骨は肺に突き刺さり、危うく心臓まで達するところだった。衝突のショックでミショーは重度の脳震盪を引き起こし、意識不明の重体に陥った。
 彼女の意識が戻ったのは、事故から10日後だった。様態が安定するまでさらに10日……ミショーは両親の生存と救急車の患者の無事を知り、胸をなで下ろした。
 だが、それはすべて嘘だった。両親は事故から3日後に相次いで息を引き取り、救急車の患者は、手術は成功したが、院内感染で2日後に死んだ。医者は、ミショーの回復を待って真実を告げた。愕然とするミショーに追い打ちをかけるように、警察は彼女に過失致死罪を適用した。自責の念にかられたミショーはそれを受け入れ、回復を待ったうえで交通刑務所への収監が決定された。
 ミショーはすべてを失った。両親も、恋人も、財産も……では憎悪は? 両親を殺した憎むべき酔っぱらいはフロントガラスに頭を突っ込み、頸動脈を切って即死していた。彼女にあるのは自責と絶望と、20万ドルという莫大な賠償金の請求だけだった。
 コックスがミショーの前に現れたのはその時だった。彼は軍の入隊と引き替えに賠償金の免除と刑務所からの出所を申し出た。
 だが、幾ら何でも話がうますぎた。
 不審を感じるミショーに、コックスは、彼女がROTC───予備役幹部要請コースを受講していたことを思いださせた。彼女の成績は素晴らしかった。空前の好景気故、深刻な募集難に陥っていたUNFは、彼女の存在に目を付けたのだ。
 この女はダイヤモンドの原石だ。特にパイロットとしての適性は産まれながらのものだ。借金と刑期の免除? いいだろう、精算してやれ。パイロット一人を育てるのに、幾らかかると思う? 900万ドルだぞ。そのくせ、一人前になったと思ったら、どいつもこいつも民間に乗り換える。
 ニコラ・ミショーは最高のパイロットになる素質がある。釈放と引き替えに、UNFに永久入隊させるんだ!
 かくしてミショーは、刑務所から軍隊へと身柄を移され、そのまま訓練スクールへと放り込まれた。
 ある意味で、ミショーは囚人だった。弱みを握られ、軍から永遠に離れることを許されない囚人だ……彼女がここを出るときは棺に入るときだけだ。その時ですら、彼女の墓石の前には軍関係者が居並ぶだろう。
 ミショーはその点は不満ではなかった。なぜなら、これは罰だからだ。過失とはいえ、一人の人間を死に追いやった責任を彼女は自覚していた。ハードな訓練は自分に架せられた罰だった。コックスに命じてミショーを引っ張った人物は、その点まで彼女の性格を完璧に見抜いていた。
 ミショーはその期待に見事に応えた。入隊から3年後、ニコラ・ミショーは少尉に進級し、ウイングマークを手に飛行学校をトップの成績で卒業したのだ。
 任官しても、彼女の力は抜きんでていた。アナポリスをトップクラスの成績で卒業した男たちが彼女に戦いを挑んだが、全員があっさりと玉砕した。そのあまりの不甲斐なさにミショーは幻滅し……やがて、エリートたちを軽蔑するようになった。望んで軍に入ったわけではない自分に対して、彼等は進んで軍に入り、自分より劣った力しか出せない……そのことが潔癖な彼女には許せなかったのだ。
 ミショーが気を許せる者は、一部のパイロットだけとなった。その中の一人がラングだ。普段のラングは酒乱で粗暴なだけの男だが、戦闘機を操るときはまるで別人だった。努力と鍛錬と集中力が彼にはある。だが、お嬢さん育ちが未だに抜け切らぬカレンとは、どうにも肌が合わなかった……。もっとも、カレンの技量を厳しく見てしまうのは、ミショーが気づかぬ別の理由もあったのだが……。
 ミショーの想いを遮るように、全く別の電子音が響いた。
「コウション。ニューターゲット、ブラックウィドゥ」
「クソ! ロックオンされた!」
 ラングの罵声が響いた。
「全機、回避機動! 渓谷から出ろ!」
 ミショーがコールした瞬間、編隊が分散した。アフターバーナーの咆哮が峡谷に反響し、ストレガの翼端から発生する水蒸気───ベーパーが大気を切り裂く。
 ミショーたちは一斉に上昇を始めた。ブラドギーならともかく、ブラックウィドゥに対して峡谷にとどまる事は自殺行為だからだ。アリスのコールが響いた。
「ブラドギー、ミサイル発射。弾数7。タイプ判明。オーロラ」
 ラングは怒鳴った。
「ターゲットは誰だ!」
「イッツ・ユー」
「クソ!」
 ラングは罵声をあげた。接近して来るミサイルは最悪の存在だった。その上ターゲットは自分……彼が罵るのは当然だった。
 オーロラがなぜパイロットに嫌われているのか? それは、このミサイルが空中ロックオン・システムを採用したハイマニューバータイプだからだ。
 空中ロックオン・システムとは、ミサイルが飛行中に自発的にターゲットを補足する方式だった。事前の探知の必要さえなかった。敵がいるだいたいの方位に向けて発射さえすれば、あとはミサイルが勝手にターゲットを捉える。文字通りのオートシュート、オートキルを目的に開発されたミサイルだ。
 無論、複数が発射された場合は相互にリンクして最適の攻撃パターンを選び、追尾する目標がダブらないよう攻撃する。しかもオーロラは、フィンとロケットモーターが従来のものより改良され、高い機動性も備えている。このミサイルの欠点といえば、誤って味方を攻撃する可能性がある点だった。逆に言えば、全周が敵の場合は最高に使いでのあるミサイルということになる。このミサイルから逃れる方法はただ一つだ。
 ラングはヘッド・アップ・ディスプレイを見た。敵ミサイルの位置を示す目標コンテナの四角い表示が、刻一刻と下に下がってくる。自機に向けて接近していた。相対速度はすでにマッハ5を超えている。
 ラングはフレアとチャフのリリースボタンを押しつつ、ストレガを急旋回させた。古典的だが、この方法でしかオーロラがかわせないことをラングは知っていた。オーロラには、ターゲットがベクターノズルで急減速をかけたときに備え、特殊なプログラムが組み込まれている。
 彼の機体は急上昇をかけつつ急旋回を行っていた。こんな芸当は、怪物的なエンジンパワーを持つストレガ以外では不可能だ。だからこそストレガは数あるエア・コンバットを勝ち抜いてこられた。なぜなら空中戦の基本は、高度と速度で敵より優位に立つことだからだ。そうすれば位置エネルギーは運動エネルギーに、運動エネルギーは位置エネルギーに転換できる。エネルギーの高維持───物理法則が戦闘を決定づける。
 ラングは基本に忠実にストレガを操った。それは彼にとって拷問そのものだった。急旋回と共に視界が暗くなり、視野が急速に狭まる。頭を下にしてストレガは旋回していた。強烈なGが身体をシートに押しつける。Gスーツが作動し、足に向けて降りていく血液の流れをくい止めようと下肢と下腹を猛然と締め付ける。
 機体は上昇から降下に転じ、Gはさらに強さを増した……ラングの視界から色彩が失われていった。グレイアウトだ。Gスーツの作動にも関わらず、脳に向かう血液は足に降り続けている。さらに過度のGは脳そのものを万力のように締め付け、神経シナプスを痛めつけていた。眼球の奥から飛ぶ不思議な色彩と火花はその発端だった。
 このままでは失神かバーディゴだ……ラングは微かにそう思った。
 だが、オーロラは依然としてラングのストレガを追尾していた。ミサイルの接近警報音のピッチが急速に高まる。オーロラがミサイルの信管を作動させるまで、あとほんの数秒なのが、ラングには判った。
 死んでたまるか……ラングは強烈なGと戦いながら、スティックをさらに傾け、同時にベクターノズルを一瞬作動させた。
 機体に強烈な横Gがかかると共に、ストレガは急角度で左に横滑りした。ラングは減速ではなく横滑りにベクターノズルを使った。この判断が彼の命を救った。
 オーロラに進路を修正する時間はなかった。ミサイルは直撃コースを外れ、ラング機を追い抜いた。
 だが、ゼロコンマ2秒後、7発のオーロラはプログラムに従い、一斉に信管を作動させた。
 オーロラの先端に充填されている4キログラムのGコンポ炸薬は、その破壊力をプラネット220上空で解放した。7発で合計28キログラムのGコンポは、100年ほど前の1000ポンド爆弾と同様の爆発力があった……。
「大尉!」
 ラングの恋人───カレン・レイノックス中尉は絶叫した。爆発に包まれたラングのストレガは、バランスを失っていた。
 ブラドギーから発射された7発のオーロラミサイルは、なぜかラングのストレガのみを追尾した。本来の機能から言えば、それぞれ別のストレガを狙うはずなのだが……その解明は結局できなかった。また、今の局面ではソンな事に気を回す余裕は誰にもなかった。なぜなら、オーロラミサイル7発の至近集中爆発を喰らっては、いくらストレガが頑丈でも、そしてラングが名パイロットでも、無傷で済むわけがないからだ……。
 再びカレンは絶叫した。
「大尉、目を覚まして!」
 衝撃の中でラングの意識は朦朧としていた。暗い……暗いな……ここはいったいどこだ……なんてエンジン音だ……エンジン音……エンジン音だと?
 それがキーワードとなった。彼は覚醒した。脳波は最低の活動レベルから一気にピークに達し、肉体のコントロールを取り戻した。
 ラングは目を見開いた。最初に飛び込んできたのは、恐るべきスピードで迫るディープ・グリーンの壁面だった。続いて警報音と共にカレンの叫び声が耳に突き刺さる。
 彼は右のラダーペダルを踏み込むと同時にスティックを引いた。凄まじいGが機体に、そして肉体にかかる。ヘッド・アップ・ディスプレイのGメーターが瞬時に跳ね上がる。
 地上激突寸前に、ラング機は辛くもリカバーした。その時の地面とストレガの空間は、20フィートもなかった。だが、激突は免れた。彼はリカバーしたのだ。
 恐るべき慣性と重力にストレガは辛くもうち勝ち、ラング機は上昇を開始した。プラスGが肉体を締め付けたが、彼は懸命に耐えた。
 やがて、高度の回復を確認したラングは、機体を水平にゆっくりと戻していった。急激にやれば分解の恐れがある。それほど手荒いリカバーだった。
 Gの低下と共に機体はゆっくりと姿勢を取り戻し、水平線が視界に戻ってきた……。
 ラングはため息と共に側面を見た。カレンのストレガが並んで飛んでいた。
 だが、彼等が息つく暇はなかった。脅威ナンバーワンを示す特殊な警報が全機に鳴り響いたのだ。
「IRSTコンタクト・ターゲット、ツー・オ・クロック。シティ防衛用ドギーハウス」
「ドギーハウス!」
 ミショーの愕然とした声が響いた。ドギーハウスは、「動くトーチカ」ともいうべき無人の空中機動防衛機だ。
 その最大の特徴は、徹底した重装甲と強力な火力にあった。普通のミサイルでは歯が立たない相手だ。
 アリスの報告に続き、岩の影からドギーハウスが姿を現した。その姿は、鶏の卵に似ていた。マグネティック・フィールドによって浮遊するその姿は、空力的に揚力を発生して飛ぶ飛行機とは全く異質なものだ。
 ドギーハウスは4機……わずか1機でも防空大隊クラスの火力を誇るドギーハウスの出現は、一同のアドレナリンを一気に分泌させた。
「大尉、離脱しましょう!」
 チャーリーフライトのハント中尉が叫んだ。ストレガ6機で戦える相手ではない。
「逃げたら自動追尾で殺られるだけだ」
「ラングの言う通りよ!やるしかない!」
 ミショーは叫ぶやウェポンベイを開いた。怒号とうなり声と戦術コードが錯綜した。誰もがハイになっていた。編隊の中でクールなのはアリスだけだった。


他章



2010/03/03 21:05 | Comments(0) | TrackBack() | ゲーム
Xbox360シューティングフェスタ2010に行ってきた

Xbox360シューティングフェスタ2010に行ってきました。

12時ちょうど頃に着きましたが並び順は102番目。
12:30開場のときには既に270人で、その後は入場制限されてしまったようです。

具体的な発表なんかは各メディアサイトスライドを見た方が早いので、体験したゲームの感想などを。
そういやセガ山下氏の発表のとき、「村山ってディレクター連れてきたんですが『シュタゲの設定資料買ってくる』と出ていったのでちょっと今いません」とか言ってたのには笑った。
もちろん帰りに買いました。


デススマイルズIIXは先着200人のみがプレイできるという仕様でした。
試遊は前半2面。
基本的に1と変わらないテイストでした。
レベル3でもボスがやたら柔らかかったのですがこんなものだっけ?

そんなことよりみんなが選んでたキャラがローザとフォレットばっかりだったのですがお前らそんなにまんじゅう好きか。私は大好きです。
しかし5月27日って発売日近いね。びっくりだ。


ぐわんげはさすがにオリジナルが1999年なだけあって今から見ると古い感じがした。
モデルが無いからHD化は無理ということらしいです。
発売したら?当然買いますよ。

それにしても本日発表したばっかりのタイトルを早々と試遊とかすごいなケイブ。
どちらも開発中という感じが全然なく、今すぐ発売しても正直問題無いんじゃないかと思うような出来でした。
まあ展示してあったほぼ全タイトルで思ったことですが。


KOFスカイステージは果てしなく微妙。
なんというか特筆すべきことがない。


今回一番面白かったのがアフターバーナークライマックス。
試遊台では通常コントローラ2台、フライトスティック2台でしたが残念ながら通常コントローラ台。
ただ、後ろから見てる分には通常コントローラのほうがダイナミックな感じで面白そうでした。
ゲーム自体はアフターバーナーをそのままパワーアップさせました的内容です。
3面が渓谷面でしたがかなり脳汁。
デモで建物内を飛ぶ映像が流れていたのですが死ぬほどやりてー。


レイストームやケツイも試遊台あったのですが人が多すぎたので断念。
人混みはやはり苦手だ。

レイストームは見た目的には問題なさげに見えたんだがいつまでも出ないのには何か理由があるのだろうか。


おみやげにデスマ2のマグカップと下敷き、センコロDuoのポスターと360のストラップを頂きました。
セガも5pbもケイブもがんばれ。超がんばれ。
あとMSもな。



2010/02/27 18:44 | Comments(0) | TrackBack() | ゲーム
==NOVEL PHILOSOMA== 03

 西暦2088年、科学探査船「S・ホーキング」は、96名の科学者を乗せて星域探査に出発した。探査星域は、第13軍管区……プラネット220が存在する空域だ。星域到着から47時間後、ホーキングはメイディの発信と共に消息を絶った。連合政府は直ちに第13軍管区に対してサーチ・アンド・レスキュー(捜索と救難)を命じた。
 SCVギャラントは、39隻投入された捜索艦隊の中の一隻だった。キナバルは副長としてギャラントに乗艦していた。
 捜索開始から56時間後、船体の引き裂かれたホーキングをギャラントは発見した。ただちに救助が開始されたが、乗員は全員が行方不明となっていた。破損したブロックから吸い出されたものと推定された。
 これがただの民間宇宙船なら、「遺憾極まる悲劇」のひとことで捜索の幕は閉じたはずだ。
 キナバルにとっての不幸は、ホーキングが各国の著名な科学者を乗せた科学探査船だったことだ。この遭難は、連合政府の存続を揺るがす大問題へと発展してしまった。
 連合政府は、地球を筆頭に各地域の代表が入閣して構成されていた。地球、月、火星、スペースコロニー群、それに各星域に発見された居住可能な植民星……要するに人類が展開している各ポイントの代表が寄り集まった政権だ。皮肉にも16年前、これらはそれぞれ独立していた。無論、そのための政治的駆け引き、謀略、独立戦争を三度ほど経験し、数億の人口を犠牲にした飢えでの話だ。
 しかし、宇宙開発にかかるコストは莫大だった。設備の維持、防衛力の維持にも金がかかりすぎた。宇宙開発は一地域のみで実現するには荷が勝ちすぎたのだ。経済破綻を恐れた各地域は(シミュレーションでは混乱による死傷者は数十億という結果が出た)再び統合の道を歩むことを決断した。
 ナショナリズムも民族主義の壁も乗り越え、5年の移行期間を経て、連合政府は発足した。その中で誕生したのがUNF(連合軍)とUASA(連合高等科学局)だ。前者は防衛を、後者は各国合同の科学研究局として誕生した。
 基本的に、この連合政府はうまく機能した。だが、波風が立った時期もある。その原因の多くは、各地域の民衆から沸き起こる「独立」への回帰だった。民族主義とナショナリズムのゆらぎは、定期的に各地域を揺さぶった。
 キナバルにとって不幸なことに、ホーキングは、各地域で再び独立運動が沸き起こったときに遭難した。一部の政治家はこの遭難を利用して民衆を扇動、対立をあおった。
 混乱の収拾には、誰かが責任をとらねばならなかった。その生け贄とされたのが、ギャラント副長の地位にあったキナバルだった。
 キナバルにとって重ね重ねの不幸は、ギャラントの艦長が連合政府高官の息子だったことだ。彼の代りにキナバルは泥を被る羽目になり、降格処分を受けた。
 この処分とほぼ同時期、第13軍管区はアンタッチャブル・エリアに指定され、UNF以外の宇宙船の進入は禁止された。ホーキングの遭難は、隕石の直撃を受けたのが原因だった。このエリアは隕石帯の異様に比率が高く、類似事故の防止のためだと発表があった。
 やがて、さらに大きな災害―――バイオハザードによる植民星の全滅―――が起きたことで、民衆はこの事件を忘れた。
 だが、キナバルに対する処分はそのままだった。彼は中佐から少佐に降格され、さらに辺境の補給部隊に左遷された……。
 6年後、この事実はキナバルに有利に働いた。ギャラントの艦長の父親が、連合政府大統領になったのだ。そして、元艦長は方面群艦隊司令に就任した。彼等は、罪を黙って被ったキナバルに報いるため、彼を大佐に昇進させてギャラント艦長に任命、最新鋭戦闘攻撃機、ストレガをギャラントに最優先で配備した。「UNF奇跡の人事」と巷で評されたキナバルの昇進には、そんな裏があった。もっとも、それでキナバルがやっかみを受けることはあまりなかった。なぜならギャラントは、各部隊をエリミネートされた札付きの部下たちだけで編成されていたからだ。
 ギャラントは、通称"ディープ29"と呼ばれていた。「これ以上墜ちるところはない」という意味出だ。兵学校で同期だった友人(彼は既に准将に昇進していた)は、開口一番いってくれたものだ。
「昇進の代償にゴロツキ部隊のお守りとはね。大変だな、君も」
 同情と共に、半ば嘲りも込められていたことをキナバルは思い出した。彼はインドの血を引く誇り高い男だった。家系をさかのぼれば、独立運動の闘志からインド軍将軍まで努めた者がいるのがキナバル家だ。
 名誉にかけて、自分を嘲笑った者たちを見返してやらねばならない……キナバルはそう思った。ならば、220が発信したエマーコールは、汚名挽回のチャンスではないのか?
「これまでのことはプロローグ、か……」
 気を取り直したキナバルは独り呟いた。
「またシェイクスピアですか、大佐?」
 キナバルは振り向いた。いつの間にか副長のコックス少佐が傍らに立っていた。
 アイバン・コックス少佐は、はげ上がった頭にメタルフレームの眼鏡がよく似合う理知的な顔立ちの男だった。その知的能力は、軍人よりも科学者のそれに近い。知能指数も150はあるはずだ。
 キナバルは微笑した。
「ああ……少佐、君もそろそろ古典を読んだらどうだ?」
「考えておきます」
 コックスは軽く受け流した。キナバルは、世間では軍人よりはシェイクスピアの研究家として著名だった。退役後は優雅な研究生活が待っているのだろうが……今のコックスには、文学のヨタ話につき合う気はなかった。
「大佐、グレインジャーはどうします?」
 キナバルは微かに思案の表情を浮かべた。グレインジャーとは、補給コンテナを搭載した空中補給機の事だ。
「君の判断は?」
「エマーコールの内容が不明です。無駄に終わるかもしれませんが……」
 口ではそう言いつつも、コックスは明らかに懸念の表情を浮かべていた。
「よし、出そう。デルタの後に発鑑させろ」
「イエッサー」
 その時、緊急通信を示すフラッシュサインが点滅した。コックスは無線マイクを掴んだ。
「どうした?」
「こちらブラボー・リーダー、ターナー。交戦空域を宣言……」
「なに?」
 漆黒の宇宙には、ミショーのストレガを先頭に六機が飛行していた。
「チャーリー・アンド・デルタ、発鑑完了」
 ミショーはキャット・コー(空母航空管制センター)に報告した。間髪を入れず管制士官が切り返してきた。
「ラジャー、貴チームをレーダーで確認。ヘディング214、大気圏突入に備えろ」
「ラジャー」
 ミショーは機体制御モードセレクターを大気圏突入に切り替えた。ディスプレイが点滅し、220のグランドマップが表示される。続いてマップにグリーンのグリッドが被さり、目標位置マーカー、方位マーカーが点滅した。コックスのコールはその時だった。
「ギャラントよりチャーリー・リーダー。先行したアルファとブラボーは交戦中。相手はフレンドリーだ」
「フレンドリー?」
 ミショーに続いてラングのコールが響いた。
「味方がなぜ攻撃を?」
「防衛システムのブレイクダウンだ。交戦を避け、渓谷から進入しろ」
 ミショーは微かに舌打ちした。都市防衛システムはどの惑星でも人件費の関係から無人で運営されている。ブレイクダウンは今に始まった事ではない……。
「アリス、ルート変更」
 了解を意味する電子音と共にストレガ全機の降下制御プログラムが一斉に起動した。
 ミショーの機体で交わした情報はリアルタイムで他の機体のアリスに流されていた。アリスは、個体情報を瞬時にデータリンクによって全体に共有化する事が出来た。さらに、情報の価値を自動判別し、瞬時に優先順位をつける機能も搭載されている。パイロットの仕事は、それを確認する事だけだった。なぜなら、ストレガに関する限りアリスの誤動作はゼロだからだ。ストレガ一機につきアリスは七台搭載されていた。それにより同一問題を多数決方式により処理し、誤動作をほぼ完璧に防いでいた。また、問題を並列処理することで高速化も実現していた。
 今のところアリスを巡ってのトラブルは皆無で、技術者たちは勝利を収め続けていた。それも当然といえた。アリスの開発には10年の歳月が傾けられたが、その大半はシステムとしての信頼性と安全性を確保するために消費されていた。ロジック、ソースコードに存在する問題点を洗い直し、アルゴリズムをチェックし、デバッグを繰り返し、実機に搭載しフライトテストを幾度も……あらゆるパートに難関は待ち受けていたが、彼等はついに全てのハードルをクリアーした。
 このAIは、正式名称の他に"Alice"「アリス」のニックネームを授かり、2年前にUNFに正式採用された。
 アリスは何かの頭文字のように思えるが、実は、ルイス・キャロルの小説「不思議の国のアリス」のヒロインからの引用だった。ルイス・キャロルは、本名をC.L.ドッチスンという数学者兼論理学者だった。彼は小説やパラドックスの発案者というだけではなく、本業の論理学でも業績をあげていた。アリスの命名は、AIに関連する論理学に貢献した、ドッチスンの業績を記念してのものだった。また、人間工学の見地から見ても、女性の名前の方が好ましいと言う(もっともらしい)理由もあった。それ故、アリスのボイスはやや女性寄りに調整されていた。
「降下制御プログラムスタート」
 大気圏突入を前にアリスがリポートを始めた。このシークエンスに人間は介入しない。全て自動で処理されるのである。
「SIF・モードセレクター3」
 SIF―――味方特徴識別装置をアリスは最適モードにセットし、続けて、大気圏突入において最も重要なデバイスを作動させた。
「ヴァリュート展開」
 轟音と共にストレガの胴体下部を黒い物体が覆った。それは先端が平らでへこんでいる、ガスで満たされた巨大な風船だった。ヴァリュートシステムは、大気圏突入において発生する空気との摩擦熱を吸収してしまう目的で開発された。それは、自ら燃焼することでストレガを大気の摩擦熱から守り、同時に極超音速衝撃波を造ることで効果的にストレガのスピードを遅くすることができた。
 このシステムはボーイングエアロスペース社が実用化、以後の宇宙開発においては標準的に用いられている優れた方式だった。
「大気圏突入スタンバイ……ファイブ、フォー、スリー、ツー、ワン、マーク」
 アリスはストレガ全機を最適突入角度で大気圏に突入させた。
 たちまちヴァリュートが白熱を始めた。空気分子が凄まじいスピードでヴァリュートに突き進み、運動エネルギーを熱エネルギーへと変換する。高熱と共にヴァリュートはオレンジからホワイトへとその輝きを変え、もてる性能の全てを振り絞ってストレガを大気の摩擦熱から守り続けていた。
 同時にヴァリュートは極超音速衝撃波を発生し、機体のスピードを殺していった。
「電位上昇。機体温度上昇。冷却システム・ノーマル……」
 空電のノイズと降下の轟音、ヴァリュートが白熱し、徐々に溶解していく音だけがコクピットを満たしていた。
 ミショーはキャノピーに映る炎の壁を見つめていた。煉獄の業火も色あせる炎の饗宴が繰り広げられている……。
 やがて、ヴァリュートを固定していたベッドが切り離され、220へと落下していった。
 アリスは機首を上げ、ストレガを水平飛行に戻すと共にエンジンを始動させた。獰猛なパワーを持つBAA社製可変サイクルエンジンが再び凄まじい咆哮を挙げ始めた。

 ミショー達のストレガは編隊を組み、茫洋と広がる放電雲の中へと降下していった。
  チャーリー&デルタ……ニコラ・ミショー大尉以下、6名のパイロットたちのオペレーションはこうして始まった。

 ギャラント内では、ミショーたちの降下成功を知ったキナバルが内線をコールしていた。
「CAGか、待機中の地上偵察部隊も降ろす。降下ポイントはシティ外周部だ。そうだ、偵察小隊を降下させる。装備はTO/E(携行定数)通りだ……かまわん、責任は私がとる。降ろせ」
 キナバルはテレトークを切った。
 本来なら充分に偵察を行い、状況分析を行った上で兵力を展開させるのがセオリーだ。だが、今回はその余裕がなかった。サーチ・アンド・レスキューのためには、兵力の逐次投入もやむを得ない処置だ。すべての情報が集まってから行動したのでは手遅れになる。現にその兆候は、220防衛システムのブレイクダウンに現れていた。今のところ先行したアルファとブラボーは無傷だが、この種の暴走は時間の経過と共に加速する傾向がある。つまり、後に続く者ほど損害を被ることになる……キナバルは顔をしかめた。
「デルタフライトはどこだ?」

 ミショーのストレガは、渓谷上空を飛んでいた。
「全機、ディープドライブで渓谷に突入、シティに向かう」
 各機から一斉に無線のクリック音が二度鳴り響いた。了解を意味する伝統的な方法だ。
 ミショーはブレイクダウンした無人機との交戦を控えるため、探知されにくい渓谷からのシティ突入を考えていた。それ故CRTには、220のシティ、「リュイシュウン」を中心に撮影した惑星全域の3D映像が投射されていた。
 それは地表全体が不気味なディープグリーンに輝いていた。撮影ミスや機材の故障によるものではない。リアルモードでの映像だ。
 220の最大の特徴は、惑星が自ら発光する点にあった。惑星を覆う鉱石が光を放っているのだ。
 この点だけでも充分に異様な星だが、地形はさらに異様だった。脳髄を思わせる不気味なしわが、果てしなく続いている。しわは惑星全域を多い、余すところなくディープグリーンの発光を続けていた。
 つまり、惑星全域が発光する鉱石に覆われているのだ。
 鉱石の詳しい情報は不明だが、その採掘のために五万人を超える人間が220唯一の都市、リュイシュウンに住んでいる。
 リュイシュウンは、中央の採掘タワーを中心に放射線状に展開されていた。古代ローマのコロシアム───円形劇場によく似た構造で、この形式の年は頭文字をとってC2と呼ばれている。どうやって侵攻するか……ミショーは、渓谷からリュイシュウンに向けてのルートを知る必要があった。
「アリス、シティへのルートを出せ」
 電子音と共にシティを中心としたCGマップが表示された。
 グラフィックス表示されたマップに、電子音と共に赤い輝線が伸びた。それはポートからアクセスルートを通り、シティへ突入するルートだった。ミショーがさらに詳しいデータをアリスにコールしようとした瞬間、コクピットに警報音が鳴り響いた。
「レーダーコンタクト。デダヘッド」
「全機、ブレイク!」
 反射的にミショーはコールした。可変サイクルエンジンが唸り、瞬時に編隊が散開する。
「フラッシュ。デダヘッド。マグネティック・フィールド探知」
 アリスのコールと共にディスプレイが切り替わった。そこには、前方に強力な磁気反応があることが示されている。
 一瞥したラングは微かに鼻を鳴らした。この現象は以前にも見たことがある。あれは確か、クラップ戦で起きた現象だ。
 さらに警報音が鳴り響いた。
「コーション。目標多数。レーダー・ブラックアウトマグネティック・リアクト・アップ」
 やはりな……ラングは兵装コントロールをCCDモードに切り替え、呟いた。
「岩石が磁気浮揚って訳か」
 強力な磁気のために、峡谷周辺の岩石が浮き上がっているのだ。滅多にない現象だが、鉱石の組成によっては起こりうる。クラップ星での戦いでラング達はそれを経験していた。
「チャーリーリーダーより全機、排除開始」
「ラジャー。こちらデルタリーダー。カレン、ディースリー、俺に続け」
「ラジャー」
「ラジャー」
 二人のコールを聞きつつ、ミショーは兵装コントロール解除スイッチを跳ね上げた。
「フォックスワン・ファイア」
 次の瞬間、かすかな衝撃と共にストレガのウェポンベイが開いた。風切り音と同時にランチャーのロックが解除され、ランサーミサイルが投下される。ゼロコンマ3秒後、ランサーのロケットモーターが始動、発射音が腹の下から響く。ロケットモーターの炎と轟音と白煙を残し、ダルドフ社製中射程空対空ミサイル・ランサーがミショーのストレガから放たれた。
 彼等の攻撃はそれが始まりだった。
 2秒後にはカレンとハントのストレガがランサーを放ち、続いてクラウスとラングのストレガが続く。ストレガから放たれた10発のランサーは、たちまちマッハ5まで加速し、それぞれターゲットを補足していた。ランサーには目標選択アルゴリズムが搭載されており、互いに同じ標的を狙わないように設計されている。発射から34秒後、全てのランサーがターゲットを直撃、信管を一斉に作動させた。
 ディスプレイには砕ける岩石が映っている……続いて電子音が鳴り響いた。
「コウション、デダヘッド。ブラドギー探知」
 さらに警報音が響いた。この警報は……。
 ミショーはかすかに眉をしかめた。
「チャーリーリーダーよりギャラント、補足されました」
 ESMによれば、40機以上のブラドギーが前方から接近していた。無人機とはいえ、接近されたら厄介な敵だ。
 既にミショーの指は兵装コントロールスイッチへと伸びていた。

 ギャラントではキナバルがコンソールを軽く叩いた。ブレイクダウンに対する懸念が早くも現実になった……彼は傍らの副官に向けて頷いた。
「ギャラントよりチャーリー・リーダー、交戦を許可する」
 ノイズ混じりのボイスがスピーカーから立て続けに流れた。
「ラジャー。チャーリーリーダーより全機、オール・ウェポンズ・フリー」
「敵、火器管制レーダー使用」
「ラジャー。ディースリー、こちらはデルタリーダー。フロントは俺とカレンがやる。おまえはバックで撃ちもらしを片づけろ」
「ラジャー」
「ブラドギー、接近。スカイブレード、接近」

 ラングのコール、そしてアリスの報告を聞きつつ、ミショーは兵装コントロールをSRMにセットした。ブラドギーは無人防衛機、スカイブレードはその母機だ。どちらも墜としやすい敵だ。こんな敵に長射程ミサイルはもったいない……ショート・レンジのウッドペッカーで充分だ……ミショーは微かに反省した。さっきはたかが岩石に貴重なランサーを使ってしまったからだ。やはり昨夜のアルコールがまだ残っている……。
 電子音と共にオートセットされたレーダーがレンジ30マイル、方位150度の捜索パターンに切り替わった。ターゲットを示すグリップがレーダーに輝く。あとは、ロックオンのオーラルトーンが響いた瞬間にスティックの発射ボタンを押せばいい。ミショーはコールした。
「全機、コンバットオープン」
 蒼空にストレガのコントレールが一斉に伸びた。IN RNGの表示を確認したミショーは、オーラルトーンの響きを聞き、発射ボタンを押した。
 ウェポン・ベイの開閉音と共に、短射程ミサイルのウッドペッカーが轟音と共に発射された。それは接近しつつあったブラドギーの胴体に命中、爆発した。
 この一発が最初だった。ミショーたちは続く7秒で18機のブラドギーを撃墜し、2機のスカイブレードを葬った。
 炎に引き裂かれたスカイブレードが、破片を撒き散らしつつ地表に激突、爆発する。ブラドギーが空中分解し炎の塊が乱舞する。
 渓谷上空には無数のコントレール、エンジンの轟音、それに爆発の炎が満ちていた。

 ミショー達の戦闘のデータは、ギャラントのCICディスプレイにそっくり投影されていた。暗がりの中でキナバルはじっとデータを見つめ、微かに頷いた。
 ミショーたちは冷静に対応している。今のところ、味方に損害はない…味方だと?
 思わずキナバルは眉をしかめた。無人機とはいえ、交戦している相手も本来なら味方なのだ……ブレイクダウンのために貴重なパイロットの命を晒すのは馬鹿げている……。
 キナバルの考えを読んだようにコックスが言った。
「大佐、司令部に220の最高機密データを要求したいのですが」
「………?」
「防衛システムの解除コードはペンタゴンの機密金庫の中です。コードを要請し、システムをスレイブ・モードに……」
「やってくれ」
 頷いたコックスは真っ直ぐドアから出て行った。その態度は、人によっては傲慢そのものに見えた。だが、キナバルは無視した。コックスはそういう男なのだ……何事も手順を簡素化して事を進めてしまう。頭のキレがよく、先が見えすぎる故の欠陥だ。彼がここに流されたのもそれが原因だった。
 だが、キナバルは有能な副官を歓迎した。人格に多少の問題があろうと、軍隊は戦うための組織なのだ。有能ならばそれでいい。
「降下させた偵察部隊はどこだ?」
「シティ外周部に無事降下しました。現在、付近を捜索中です」
 C2構造のリュイシュウン・シティ外周部には、主に研究施設が建ち並んでいた。
「まるで墓地だな……」
 偵察小隊を預かるリチャード・アイスバーグ中尉は、紅星戦機重工社製87式自動小銃を構えながら、辺りを見回した。
 白を基調にした研究施設は、いずれも無人だった。建物の形と色は、巨大な墓石そのものだ。
「中尉、来てください!」
 アイスバーグは振り向いた。400フィートほどいった所の研究施設の玄関から、部下が手を振ったのが見えた。
「どうした!」アイスバーグは怒鳴りながら駆け出した。


他章



2010/02/24 22:50 | Comments(0) | TrackBack() | ゲーム
==NOVEL PHILOSOMA== 02

==OPENING==

 レッドアラートを意味する警報音が、ストレガのコクピットに反響していた。
 ニコラ・ミショー大尉は、酸素マスクのホースをヘルメットに接続し、深呼吸を繰り返していた。濃度100パーセントの酸素が彼女の肺を見たし、先ほどまで感じていた鈍い頭痛を拭い去ってくれる筈だった。だが、息を吐き出すと再び頭痛が始まった。よほど飲まなければこうはならない……ミショーは、ラング達と飲み過ぎたことを後悔した。
 軍規では、艦内でのアルコールは厳禁だ。所持できるのは軍医だけと決まっている。だが、この「ギャラント」は例外だった。
 ミショーが所属するUNF第7独立任務舞台は、攻撃型宇宙空母SCV-13「ギャラント」ただ一隻で編成されていた。いわゆる独航艦だ。退役間際の老朽艦とはいえ、空母をエスコートする巡洋艦等が全く存在しない事は、ギャラントの異様さをよく物語っていた。
 ミショーは、ギャラントの中核である戦闘攻撃飛行機VFA-29のフライトリーダーのひとりだった。この飛行機は、ブラッドフォード・アズミ・アエロスペース社(BAA)が製作した宇宙戦闘攻撃機F/A-37ストレガを、定数いっぱい保有している。この事実は、ギャラントのパイロット達の自尊心を大いに満足させていた。ストレガは連合軍で実戦配備が始まったばかりの最新鋭戦闘攻撃機だからだ。そして、その実現の功労者は……。
「ミショー大尉、こちらはキナバルだ」
 ミショーは苦笑した。御当人の名を思い浮かべた瞬間に向こうから呼びかけてきたのだ。彼の名はスタンレー・キナバル大佐。このギャラントの艦長だ。階級は大佐。
「こちらミショー、大佐、状況は?」
「220へ降下させた偵察機は撃墜された」
「撃墜……それで敵機は?」
「データを送る間もなく瞬時に堕ちた。エマーコールの受信から七時間……偵察を再度行う余裕はない」
 キナバルの口調には苦渋が滲んでいた。つまり、敵情不明のまま突入しろということだ……危険だ……危険すぎる……だが、次の瞬間ミショーは答えていた。
「ラジャー、発進許可願います」

 多国籍企業シンフォ・カイファーが保有する資源採掘惑星ORA-194-220が惑星遭難信号を発したのは、三時間前のことだった。220からのエマーコールを受信したギャラントは、直ちに全速でポイントに急行した。
 惑星遭難信号はよほどの突発事態が起きなければコールされない。過去にコールされたのはわずか8件。いずれも大規模な自然災害、あるいは核使用を含んだ内戦だった。
「コックスよりチャーリーフライト、ランチ・シークエンス」
「ラジャー。こちらチャーリー・リーダー・ミショー。ランチ・シークエンス」
 副長のコックスのコールが始まった。それは発鑑シークエンスの開始を意味していた。
「続いてデルタフライト、ランチ・シークエンス」
「ラジャー。こちらデルタ・リーダー。ランチ・シークエンス」
 デルタリーダーのコールが響いた。彼の名はアイザック・ラング大尉。
 パイロットとしては特Aランクの腕。安心して後方を任せられる。飲み友達としても悪くない男だ。
 だが、彼は同時に命令違反の常習者だった。ミショーは彼に釘を差そうとカフをあげた。
「チャーリーリーダー・ミショーよりデルタ・リーダーへ」
「こちらデルタリーダー・ラング」
「オペレーション・オーダーに従い、チャーリーとデルタは私が指揮する」
「ラジャー。カレン、ディースリー、これよりデルタフライトはチャーリー・リーダー、ミショーの指揮下に入る」
「……?」
 やけに素直だった……いつものラングなら軽口混じりの嫌みの一つも返してくるのだが……その疑問は次のコールで氷解した。
「ラングよりコードネーム・ディースリーへ。気分はどうだ?」
「大丈夫です、大尉」
「記念すべきファースト・ミッションだ。カレン中尉、デルタスリーをサポート」
「ラジャー。ディースリー、訓練通りにやるのよ」
「イエッサー」
 ミショーは思い出した。今日のラングにはお荷物が二人いる……。一人はコードネーム・ディースリー。本名は知らない。アナポリス出のパリパリの新米少尉。腕の方はそれなりという話だ。しかし、実戦は今回が初めてだ。所詮は、足手まといにならなければ幸い、というレベルでしかあるまい。それにしても『サー』とはね……。ミショーは苦笑した。サーは、男性の上官に対する呼びかけだ。普通、女性に対しては上官でも名前か階級を使う。にもかかわらず、敢えてカレンをそう呼んだその意味は……? 容姿からいえば、カレンは断じてサーと呼ばれるようなものではない。同性のミショーから見ても、いや、誰が見ても彼女は美人だ。なにせ、スコットランドの名家の出というし……育ちの良さは誰もが一目見て感じることだ。ということは……別の意味で言ったわけだ。もしかしたらディースリーは、既にカレンの技量を見抜いていて……うん、たぶんそうだろう。皮肉を込めて彼女をそう呼んだのだ。
 全くいい性格をしている……。ミショーはかすかにため息をついた。どうやらディースリーは、おとなしそうな声とは裏腹にかなりの皮肉屋らしい。
 ミショーはモニターを切り替え、カレン機を捉えた。
 カレン・レイノックス中尉は、デルタフライトの2番機だ。ロングヘアの金髪美人で、VF-29のアイドル……。偶像とは、よく言ったものだ。パイロットとしてのカレンの腕はBクラス……腕利きが大半のギャラントの中では不釣り合いな存在だ。カレンは単独でハイレベルな戦闘を切り抜けられる練度ではない。つまり、ラングは必然的にカレンの面倒を見ざるを得なくなり……必然的……必然的ね……まったくお笑いだ。
 ラングが公私ともにカレンの面倒を見ていることを、密かにミショーは知っていた。本人達は上手く隠しているつもりらしいが……生憎とミショーは、二人が抱き合っているのを目撃していた。まあ、お付き合いが周囲にバレたら、カレンを落とそうと狙っている若手パイロット達が黙ってないだろう。せいぜい気を入れてやってくれ……。
 ミショーは微笑とも苦笑ともつかない表情で、手元のパットを操作した。かすかな電子音と共に、コックピット全面の視界が格納庫から宇宙空間に切り替わる。ストレガのキャノピーは透明アルミニウムの二重構造になっており、その間には液晶が満たされていた。液晶はそのまま立体テレビとして機能し、外部の映像を望むままに映し出すことができた。
 続いてカメラがコクピット・ビューに切り替わる。キャノピー全域に格納庫の情景が展開された。
「チャーリー・アンド・デルタ、ファイナル・ランチ・シークエンス」
 最終発進過程───コックスのコールと共にストレガがゆっくりと前方に動き出した。トランスファーシャフトのレールに沿い、ストレガを吊り下げているブロックが移動を開始したのだ。線路の継ぎ目に車輪が当たったような鈍い金属音が断続的に響き、続いて格納庫のゲートが開いた。
「全機、アンティル・ファザー・アドバイス」
「ラジャー」
 別名あるまでの待機命令―――更にコールが来る。
「コックスよりチャーリー・アンド・デルタフライト。アリスをチェックする」
電子音が連続して鳴り響き、冷たく整った合成ボイスがスピーカーから流れ始めた。
「チャーリーフライト・アリスワン、ツー、スリー、ノーマル」
「デルタフライト・アリスワン、ツー、スリー、ノーマル」
 ミショーはかすかにうなずいた。ニックネーム「アリス」は、ストレガの制御を司る総合戦術支援AIコンピューターだった。正式名称は凍項電子新社製祥雲LLN68と言い、ボイス応答タイプのAIだ。
 今を去ること約百年前、1970年代から、戦闘機のコントロールの複雑さ、操作性の悪さは大きな問題だった。
 ミサイルと電子装備の登場は、戦闘機のコンバットエリアを飛躍的に拡大させたが、それに比例してパイロットの負担は増す一方だった。
 操作の軽減が技術者達の課題になり、その回答として当時の技術者は、グラスコクピットやHOTAS―――スティックとスロットルレバーへの操作スイッチの集中などを産み出した。しかし、グラスコクピットは情報のスポイルを、HOTASはパイロットにピアニスト並みの指使いを要求し、問題を解決するまでには至らなかった。やがて時が経ち、コンピューターの発達はAIを産み出した。AIとボイス応答機能を組み合わせることにより、初めてパイロットは煩わしい操作から解放されたのだ。
 それ故、ストレガのコクピットはきわめてシンプルだった。パイロットが操作するのはコントロール・スティックとスロットル、フットペダルだけと言っていい。もっとも、マニュアル操作を好むパイロットのために普通の操作パネルも設けられているが……基本的にはAIが、アリスが全てをサポートする。
 さらにアリスの特長として挙げられるのが、アリス同士のリンクが可能なことだ。つまり、アリスを搭載する機体で編隊を組めば、情報の完全共有化と同時運用が実現するわけだ。
 これは、一斉攻撃には特に有効だった。味方が一機でも敵を発見すれば、次の瞬間全機でターゲットを攻撃出来る。そのために必要なデータ、発射のタイミングなどは、アリスが処理する。パイロットはただ、機体を操ることだけに集中すればいい。
 ストレガが単なる戦闘機から戦闘攻撃機へと設計を変更したのは、アリスの搭載にめどがついたからだ。
 通常、このような変更はいい結果を呼ばない。マルチローリングファイターを狙った機体は古来からあるが、どれもが中途半端な性能のため没落していった。成功例はほんの一握りにすぎない。
 幸いなことに、ストレガは数少ない例外の仲間入りを果たした。この戦闘攻撃機は、宇宙戦闘、対空戦闘から対地攻撃ミッションまでを自在にこなす万能機として誕生したのだ。
「ランチ・スタンバイ」
 アリスの合成ボイスにデルタリーダーのラング大尉は、うんざりした顔で首を回した。先発したアルファ、ブラボーとの間隔を考えるだけで嫌気がさした。蜂の巣を突っついたところに飛び込んでいくことになりそうだ。
「スタート・ユア・エンジン」
 エンジン系列パネルが微かに発行し、タービンブレードの回転音が後方から響いてきた。
 双星電子社製の多目的CRT・美麗五式に、エンジンの状態が表示された。油圧、電圧、燃料流量、エンジン回転、タービン内圧……どのデータも正常値を示している。
「カタパルト・テンショニング。ファイナル・ランチ・シークエンス」
 リニアカタパルトが射出姿勢に入り、220に向けて傾斜していく。眼下に広がる惑星の姿をラングは見つめた。そのまま吸い込まれていくような感覚を彼は覚えた。
 ラングは最終チェックを行った。ラダーとエレボンの動作を素早くチェックし、スタビライザとトリムを、最後にベクター・ノズルの動作を確認する。全て正常だ。
 ラングはスロットルを全開にした。
「バーナーオン。マックスパワー」
BAA重工社製飛龍FAS.909Dbis2可変サイクルエンジンが咆哮を発した。ノズルが白熱し、プラズマトーチを遙かにしのぐ高熱が放出される。その推力はアフターバーナー使用時で80トンを超えていた。ストレガはそのエンジンを4機搭載していた。ブーストなしで地球の引力圏を離脱できるのも、怪物的なエンジンパワーがあっての話だ。
 エンジンの咆哮が一段と高まった。彼は射出の衝撃に備え、ヘルメットをヘッドレストに押しつけた。次の瞬間、アリスのボイスがコクピットに反響する。
「レディ……ゴー」
 リニアカタパルトが作動した。サポートブロックと共にストレガは瞬時に加速された。強烈なGがラングの肉体をシートに押しつける。視野狭窄と同時に脳天をハンマーで一撃されたような衝撃が来る。続いて激しい擦過音と共に、燃料がパイプを通過する不気味な唸り声が頭上に響く。リニアカタパルトを通過したアブレーターが、役目を終えて炎と化してパイプを通過しているのだ。カタパルトの先端部が一瞬のうちに流れ去った。
 ストレガは射出された。次の瞬間、ストレガを吊り下げていたサポートブロックが機体から離れた。
 デルタの発鑑は全機がほぼ同時に行われた。充分に加速された各機のストレガは、エンジンパワーを虚空に解放し、220へ向けて降下していった。
 ギャラントのCICでは、発鑑の光景がサブ・スクリーンに映し出されていた。
「彼らに神の幸運を……」
 ギャラントの中腹深部に設けられた戦闘情報センター―――CICで、スタンレー・キナバル大佐は呟いた。
 CICとは、戦闘を効率化するために設けられた情報統制管制室だ。索敵センサーや通信機能、搭載航法機材、兵装コントロール等、各機能をとりまとめ、情報を分析し兵装の割り当て等を行う戦闘指揮システムがCICだ。
 暗い室内にはコンソールがずらりと並び、ヘッドフォンを被った管制官がキーボードを叩いている。正面に設置された巨大なメインスクリーンが目を引くが、ここには指揮管制、作戦情報、戦術状況の表示を初め、さまざまなデータが表示されていた。
 キナバルが立っているのは、スクリーンから見て一番後ろのコマンドエリアだった。そこは管制官たちのフロアより2フィートほど高くなっておりメインスクリーンとオペレーター全員を見渡すことができた。
 だが、キナバルはメインではなく手元の20インチ3Dディスプレイに見入っていた。
 そこには、外の景色が映っていた。発鑑したストレガが編隊を組む様子が……そして、深淵の中に微かな輝きを放つ恒星の群が……。
 星々の輝きは、キナバルに忌まわしい記憶を思い出させた。それは、ギャラントにストレガが配備された理由のひとつでもあった……。


他章
 



2010/02/17 22:04 | Comments(0) | TrackBack() | ゲーム

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