==SCENE 10==
ミショーたちのストレガは、坑道を飛んだ。ひたすら飛んだ。エマーコールの送信ポイントまであと20マイルだった。
アリスのコールはその時だった。
「コーション。前方にゲノムを探査」
「ゲノム?」
「何だ、それは?」
ラングのいぶかしげな声が聞こえた。
アリスは答えなかった。代わりに、放置されていた採掘マシンから、鳥のようなものが一斉に群をなして飛び立った。
「ゲノム接近。ブレイク」
「コイツは……!」
ラングは目を見張った。鳥じゃない……コイツは……化け物の片割れだ。クソ!
ディースリーの機体に化け物が殺到した。ラングは思わず怒鳴った。
「二人とも逃げろ!」
バーナーを入れて、ラングは強引の化け物とディースリーの間に入った。それは、仲間を救おうという本能だった。そうだ。この瞬間、ラングにとってディースリーは仲間だった。結果がどうなるかは考えなかった。ただ、目の前で巻き起こる「死」を見る事は耐えられなかった。
ミショーは愕然とした。化け物はラングの機体に殺到していた。ミショーは叫んだ。
「ラング!」
コクピットに巨大なモスキートの化け物が張り付いた。ラングは呻いた。
「コイツがゲノムか」
「アウト・オブ・コントロール……アウト・オブ・コントロール……」
警報音と共にアリスのコールが響いた。ラングはパネルを蹴った。アリスのリンクが切れている。計器の半分は死んでいた。マニュアルを立ち上げたが……クソ!反応が遅い!これでは……。
その瞬間、ラングは理解した。
「コンピューターが……クソ、カレンもコイツに……」
「ラング、脱出して、早く!」
ラングはベイルアウトしようとした。だが、姿勢制御が完全に不能になり、機体がロールを打った。
「ダメだ!脱出装置が!」
ストレガはロールを打って降下していた。スティックを引いたがまったく反応がない。ハイドロも全部アウトになった。このままでは……。
「アウト・オブ・コントロール……アウト・オブ・コントロール……」
アリスのコールは死刑宣告だった。それは繰り返され、ラングのコクピットを満たした。
ラングは呻いた。黙れ! この役立たずコンピューター! 黙れ! 黙れ! 黙れ!……次の瞬間、異音と共にアリスのコールが止まり、不意に電源が全て落ちた。モニターで構成されているストレガのコクピットは闇に閉ざされた。完全な闇だ。あるのはただ暗闇だけだった。
「うわ~!」
ラングは絶叫した。
それが、彼の取った最後の意識的な坑道だった。次の瞬間、ラングの機体は430ノットで地面に激突した。機首からエンジンブロックまでが圧縮され、残骸に変わるのにゼロコンマ1秒しかかからなかった。ラングは苦痛を感じる暇さえなかった。次の瞬間、ストレガは爆発した。
スクリーンに爆発の炎が映った。
「ラング!」
ミショーは叫んだ。ダメだ……あれでは……ベイルアウトはダメだった。
思わずミショーは呟いていた。
「ああ……神様……なんで……」
「生命反応消失……コーション、ロー、アルト。グランド・モード・チェンジ」
ミショーの嘆きをよそに、アリスはクールにコールしていた。
ストレガの残骸が再び爆発した。それが、アイザック・ラング大尉の墓標となった。
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ミショーは泣いていた。彼女ははっきりと理解できた。カレンに対して自分が素っ気なかったわけを……。
カレンは……そうだ……自分はカレンとラングの仲を認めるわけにはいかなかった。
なんてことなの……ミショーは思った。
相手を失ったその瞬間に、ミショーは愛を自覚したのだ……。
それは決定的なものだった。彼女は再び全てを失った。
ミショーに残されたのはただ一つ、住民を助け出すという意識だけだった。
「ローアルト。ブレイクモードセレクター、チェンジ」
アリスのコールだけが淡々と響いていた。
ディースリーに言うべき言葉はなかった……彼は全てを理解した。そうか……そういうことか……。
まったく、なんという男なのだろう、俺は……ディースリーは、初めて己を恥じた。この出来事は、その後のディースリーの人生そのものを変えた。以前の彼なら、ミショーを見てもこんな感情は起こらなかっただろう。シニカルな彼の心の何かが徐々に変わろうとしていた……。
ギャラントのCICは緊迫した空気に包まれていた。
「ミサイル士官は直ちに配置に付け」
キナバルの命令が響いた。
「ミサイル士官、配置につきました」
「電子ロック解除を確認」
「発射コード入力スタート」
「慣性航法装置チェック開始」
「バランサーの作動を確認」
「ミサイルハッチオープン」
チェックの声が響いていた。キナバルは厳しい顔でモニターに映る220を睨んでいた。
220には敵対的異星人がいる……国家安全保障会議はそう結論した。「ギャラントに搭載されている核弾頭の発射準備を整えろ」キナバルは大統領からそう命じられたのだ。
ギャラントに搭載されているMk-47は、20メガトンの核弾頭を10発装備したMIRV───多弾頭各個目標再突入体だった。誘導方式はいかなる妨害も通用しない慣性誘導。投射重量は4万7000ポンド。昔ながらの言い方で呼べば、これはもっとも進んだ核ミサイルだった。搭載された10発の核弾頭を複数目標に誘導して攻撃する高性能核ミサイル。
そのMk-47をギャラントは50発装備していた。仮にそれを全て220に発射すれば、破壊力は20×10×50で1万メガトン、つまり10ギガトンになる。220程度の小型惑星を吹き飛ばすのに充分な威力だ。更に、ミサイルの照準を220の採掘タワー深部に定めた場合、220深部に存在するイプシロンワンが連鎖反応を起こし、惑星は完全に消滅する。
キナバルは、発射命令が下りない事を祈った。心から祈った。
「大佐?」
キナバルは振り向いた。コックスが立っていた。
「作戦を中止して下さい。もう無駄です」
コックスの顔色は蒼白だった。今までにない表情を彼は浮かべていた。
ミショーは唖然として周囲の地形を眺めていた。
それは今までに見たこともないような異様な地形だった。直径30センチはある透明な卵状のものが、妖しく輝いていた。それは、天井一面を不気味に覆っていた。まるでカエルの卵だった。しかも、碧く輝いている……こんな不気味なものを、ミショーは今まで見たことがなかった。
「ここは……?」
「生存者コール探知。ガイデット・スタート」
アリスは勝手にストレガを生存者のいるポイントに誘導し始めた。別段ミショーは驚かなかった。出撃前のミッションプログラムでそうなるようにしておいたのだから……。
だが、次の瞬間、ミショーは氷のように凝結した。フラッシュ・コールと共にギャラントからの通信が入ったからだ。
「……こちらギャラント……全機……脱出しろ……繰り返す……脱出を……」
ミショーは慌ててカフをあげた。
「ギャラント、こちらミショー。応答して下さい」
ノイズの中から微かにキナバルが聞こえた。
「……大尉……生命反応をロスト……」
プチッという音と共に送信が切れた。ハッとするミショーにアリスのコールが響く。
「ギャラント、通信途絶」
ミショーは怒鳴った。
「交信確保!」
「交信不能」
「そんな……」
愕然とするミショーにディースリーが割り込んできた。
「大尉、大佐は生命反応ロストと……」
狙い澄ましたように電子音が響いた。
「コーション。生存者コール継続中」
「なに?」
「生存者コール継続確認」
「ディースリー、生存者を救助したら、ただちにここを脱出する」
「ラジャー」
「アリス、マップオープン」
返事の電子音の代わりに、拒否を意味する不快な電子音が響いた。ミショーは顔をしかめた。どういうことだ?
「アリス、自己診断プログラムをロード、システムチェック」
「こっちもだ、アリス」
一瞬の間を置いて、アリスがコールした。
「ロード不能、チェックネガティヴ」
「なに?」
愕然としたミショーは、思わず怒鳴った。
「強制コマンド! 全システムチェック!」
「ネガティブ」
「大尉、アリスをカットしますか? ブレイクダウンの恐れが……」
アリスのコールはその時だった。
「ワーニング。ターゲット・コンタクト」
「え?」
「ターゲット・コンタクト……ターゲット・コンタクト……」
ミショーはディスプレイをチェックした。ターゲットなどない。どこにもない。
「アリス、ターゲットは何?」
「ターゲット・コンタクト」