==SCENE 05==
轟音を撒き散らしつつ、デルタフライトはトンネルを出て上昇した。空には低く暗雲が立ちこめ、夜を思わせる暗さだった。
下を見たラングは軽く口笛を吹いた。
220唯一の都市、リュイシュウン・シティが眼下に広がっていた。円を中心とした不思議なデザインの建造物が延々と続いている。
円形はチャイナ系都市の特徴だった。都市の名前・リュイシュウンも、確か地球の中華ブロックから取った名前のはずだ。
巨大スクリーンの少女が、ラングにウィンクした。ラングは知らなかったが、彼女は売り出し中のアイドルだった。
ラングは呆れた。たかが5万人程度の都市にしては、どえらい資本投下をしている。これで果たして採算が取れるのか……?
レーダー警報が鳴った。
「イレブン・オ・クロック、フレンドリー。ミショー」
ラングは11時の方向を見た。いた。距離は約2マイル。こちらより200フィートほど高く飛んでいる。
「こちらラング、全機、チャーリーと合流……」
ラングは眉をひそめた……一機しかいない。飛び方もふらついている……まさか!
「ミショー、他の連中は?」
間があって、ミショーの沈んだ声が聞こえた。
「部下たちは全滅した」
ラングは思わず目を閉じた……彼はすでに予想していた。だが、それが現実となれば衝撃はある。同時に、カレンが息を呑むのが無線越しにはっきり判った。
「クラウスとカートが……」
カレンに続いてミショーの暗い声が響いた。
「わたしの責任だ……」
チャーリーとデルタは共にミッションをこなす事が多かった。彼等は戦友であり、仲間であり、友人だった。一つのミッションでこれほどの損害を受けるとは……。
随分と湿っぽいな……ホントにコイツ等はベテランパイロットなのか……?
不意に訪れた沈黙に、ディースリーは微かに肩をすくめた。戦闘によって戦死者が出るのは当然の話だ。今は任務遂行が第一だ。それなのにこの状況はいったい……彼は、指揮を執ろうとしないミショーに対し、微かな失望を感じていた。
その時、電子音が重苦しい沈黙を破った。
「ギャラントより全機へ。生存者のコールを探知した」
「少佐、発信源は?」
「採掘タワー内だ。位置データーを転送する」
「ラジャー」
無言のミショーに代わってラングは応答した。今は、ミショーに指揮を執らすべきではない。彼はそう判断していた。
レーダー警報と共にアリスのコールが響いた。
「コーション・ターゲット、アイフォーク。攻撃態勢」
「なんだと!」
よりによってこんな時に……。
ラングは内心の呻き声を押さえ、ディスプレイを見た。そこには上昇するシティ・ポリスの警備車両───アイフォークが映っていた。文字通り、フォークの先端のような形をしている。武装はロー・レベルだが、数が多い。ざっと50は超えているだろう。
「なんて数なんだ?」
さすがにディースリーは呻いた。この状況でこの数を相手にするのはキツ過ぎる。
「慌てるな。強行突破だ」
ラングのコールにディースリーはハッとなった。やるねェ、おっさん……ダテに歳は取ってないってことか……よし、ならば俺の腕を見せてやる……。
「続け」
ラングのコールにディスリーは微かに口笛を吹いた。そして、バーナーを全開にした。
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ラングを先頭に4機のストレガはアイフォークに向け突撃した。オーラルトーンが鳴り響き、ミサイルが突進する。バルカンが唸る。爆炎が彼等を染め上げていった……。
キナバルは、自分でも不思議なほど冷静だった。怒りの感情も、驚愕も、何も起こらなかった……そう……心のどこかで予想していたのだろう。ホーキングの遭難は、それほど異常なケースだった。
キナバルは、事実を受け入れ、災厄を全力でくい止める決意を乗組員達に示した。その態度は彼等たちを感動させ、ギャラントの士気は今までないほど高まっていた。更に吉報があった。クラークの目撃情報から敵の正体が判明したのだ。
敵は、訓練を積んだテロリスト達だった。彼等の狙いはやはりイプシロン・ワンで、独立運動の一環として220を制圧したのだ。防衛システムが攻撃してきたのは、内通者の存在で説明が付いた。
ならば、話は簡単だ。防衛センターを奪回し、システムをストップさせればいい。
コマンド・シートに座っているキナバルは、傍らのクラークに尋ねた。
「それで、敵の規模は?」
「人数は恐らく1000人ほどだろう」
キナバルとコックスは顔を見合わせた。
「本当にその人数で220の制圧を?」
思わず疑問を口にしたコックスに、クラークは苦笑いを浮かべた。
「少佐、あの星にいるのは、科学者たちと、プラントの作業員、あとはその家族だけだ。5万人を押さえるには、1000人もいれば充分だよ」
「敵の位置は?」
「都市構造を熟知していなければ、たどり着くことは不可能だ。コックス少佐、ここからストレガのアリスを呼び出せるかね?」
一同が驚きの表情でクラークを見た。
「どこでアリスのことを……?」
ストレガがアリスを搭載していることは機密だった。一般には単なるアビオニクスとして発表されていた。アリスというコードネームすら、知ってる者はごく僅かなのだ。
「おいおい、アリスの開発には私も関わっていたんだよ」
コックスは虚を衝かれた。そうだった……クラークは哲学からコンピューターの開発までやる天才だ。アリスのコンセプト・デザインは、確かクラークがやったのだ。
キナバルは微かに頷き、命じた。
「ボイド大尉アリスとの回線を開いてくれ」
リュイシュウン・シティでは、ストレガとアイホークの激戦が続いていた。アイホークは墜としても墜としても現れ続けた。
「何か手はないか! このままじゃ弾切れだ!」
ラングの怒鳴り声にカレンが応じた。
「大尉、私にアイデアがあります。!うまくいけば、一気に敵を……」
「なんでもいい。やってくれ」
「ラジャー」
カレンはスティックを引き、アフターバーナーに点火した。轟音と共に凄まじい加速がかかり、シートに身体が押しつけられる。
彼女はそのままストレガを垂直上昇させ、続いてコードを叫んだ。
「アリス、コード2157」
了解を示す電子音が鳴った。カレンはアリスの特長である、ボイスコード入力とデータ・リンクを最大限に活用するつもりだった。
ミショーとラングが自分をどう見ているか、カレンはよく知っていた。パイロットとしてのレベルで言えば、自分はBランクだ。エースレベルの腕がゴロゴロしているギャラントにはあわない。ある意味では自分はチームのお荷物であり……
飛行長からそれとなく転属を持ちかけられたこともあった。
だが、彼女はギャラントを、デルタを離れるつもりはなかった。なぜなら、それはラングがいるからだ。彼の元を離れる気はカレンにはなかった。もしその時が来るとしたら、それはどちらかが死ぬときだ……カレンはそう決めていた。
「高度2万フィート」
アリスがコールした。
カレンはストレガをテールスライドさせた。これは失速反転の仲間に入る高度な技だ。上昇の頂点で機体を重力と釣り合わせ、一端制止……そこから反転をかけて垂直降下する。
蒼空の視界が、反転をかけた途端に消え、今度は不気味な放電雲が視界にはいる。
カレンはバーナーを全開にした。
何を考えてるんだ、いったい……?
ラングは眉をしかめた。
カレンのアリスが送ってきたコード2157は、「敵をある一点に引きつけるだけ引きつけ、合図で急速離脱する」という意味だ。カレンは座標も送信してきた。ラングはアリスにその座標に向かうよう指示し、ストレガの速度を落とした。
ディスプレイには後方を追尾するアイホークの大群が映し出されていた。側面からも別のアイホークの大編隊が来る……。
ラングは顔をしかめた。ディースリーの活躍や、ミショーの気落ちが誘因になったのだろうが……頼むからうまくやれ、カレン……。
「目標ポイント接近」
「方位は?」
「ワン・オ・クロック」
一時の方向……? ラングは焦点を合わせ、そして───思わず呻いた。あれはまさか……。
「全機、ブレイク」
カレンは叫んだ。ロックオンのオーラルトーンがキャノピーを満たす。あの大きさなら外れっこない。周囲には、ラング達に引き寄せられたアイホークが雲霞のように集まっていた。文句なしの条件だ。
「ファイア!」
カレンはスティックの発射ボタンを押した。発射されたロケット弾は、狙い違わずシティの超伝導蓄電施設を直撃した。
その瞬間、施設から半径約1000フィートは凄まじい空中放電に包まれた。ループ方式の超伝導体の破壊は、蓄えられていた恐るべき量の電力を大気中に一挙に解放することを意味した。それは局所的な電磁嵐となって周囲を襲い、コンピューターのマイクロチップを片端からショートさせた。
アイホークはひとたまりもなかった。ものの10秒もたたぬうちに、全てのアイホークは搭載チップを焼き切られて墜落した。搭載燃料と弾薬がショックで誘爆し、周囲はまるで絨毯爆撃にあったような惨状を呈した。
一方、ストレガは全機が無事だった。大気圏内の核爆発で生じる、ガンマ線を中心とした電磁波の嵐───EMPに対する耐性が備わっていたことが幸いしたのだ。
ラングは呆然とその光景を眺めていた。ディースリーといい、今日は新戦術の発表会か。
カレンのストレガが、鮮やかなビクトリー・ロールを決めて横に並んだ。
「おい、カレン、どこであんな戦術を……」
「ディースリーのお陰よ。彼の燃料気化爆弾を見て、思いついたの……」
声が弾んでいた。無理もない。他人が認める戦果を初めてあげたのだから。(それまでカレンは実戦でまともな戦果をあげたことがなかった。)ラングは微笑した。よし……あとは、ミショーが立ち直ってくれたら……。
ラングはディスプレイを後方視認にセットし、ミショーのストレガを確認した。彼女はバイザーを降ろしていた。よくない。アレではショック状態だ。
ラングはミショーに立ち直ってほしかった……自分が生き残るためにも。
ギャラントのCICでは、クラークが感嘆の表情でスクリーンを見ていた。
「カレン・レイノックス中尉か……UNFは、かなり優秀な搭乗員を生み出したようだな、大佐」
「それはどうも……」
キナバルは一瞬口ごもり、言うべきかどうか迷った。
だが、誘惑には勝てなかった。ついに彼女は認められるに足る戦果をあげたのだ。
「実は……彼女はわたしの姪でね……」
その場にいた者は誰もが驚いた。初耳だ。カレンが大佐の姪っ子だと?
「わたしの姉の娘なんだよ」
キナバルは、部下に秘密を打ち明けたことが気恥ずかしくなったようだ。それっきり黙り込み、手元のツールをいじっていた。
コックスは合点がいった。デルタの発進になると、キナバルはスクリーンでそれを見届けることが多かった。指揮官としての統率をはみ出さない範囲で、彼は姪のことを精一杯気づかっていたのだ。
会話が途切れ、CICは微かな電子音とキーボードのタッチ音だけになった。
その沈黙をクラークが破った。
「大佐、準備完了だ」
クラークは、ディスプレイから顔を上げた。彼はギャラントのコンピューターとデータ・リンクを使い、ミショーたちのアリスにデータの入力を終えていた。それは、220の都市構造、プラントの位置、地下の地形までふくめた完璧なデータだった。
キナバルは顔を引き締め、両手を叩いた。
「よし、作戦開始だ」
頷いたコックスは手元のマイクを掴んだ。
「全チームに告ぐ。こちらギャラント。3月15日が来た。繰り返す、3月15日が来た」
それは作戦開始を意味する暗号だった。原点は、キナバルお気に入りのシェイクスピアの「ジュリアス・シーザー」から、台詞の一部を引用したものだ。
コックスはさすがに興奮を隠せなかった。必要な情報が手に入り、部下は予想以上に働き、戦況も有利になってきた。
「大佐、うまくいけば、我々は一時間で任務を果たせます」
「そうだな、成功を祈ろう」
待機していたアルファが、地下採掘場に向けて突入を開始するのがスクリーンに映った。
エマーコールを解析した結果、捕らえられた住民達は地下採掘場にいることが判明した。それ故、作戦はシンプルだった。アルファが住民を確保、デルタがシティを制圧。エコーとフォックストロットは、防衛センターを奪回して無人機の攻撃を止める。各目標に対する戦力配置は、コンピューターが今までの戦闘記録を解析して決めた。計算から言えば、苦戦するパートはないはずだ。各人がそれぞれの任務を達成したら、確実に成功する。難易度は低い。うまくいくかもしれないと、キナバルとコックスは思い始めた。
二人は完全に間違っていた。
最初に失敗したのは、エコーとフォックストロットのチームだった。
彼等は220の防衛センターを奪回しようと突入を開始した。だが、突入から二秒後、エコーリーダーのウィリー・バートン大尉は、ドギーハウスのアンブッシュ───待ち伏せを喰らって戦死した。コクピットに30ミリ機関砲弾を叩き込まれたのだ。胸部は原形をとどめぬほど破壊され、胴体は二つにちぎれた。何の苦痛も感じぬままバートンは死んだ。
続いて3秒後、エコースリー、トム・ロルフ中尉は、ブラドギーが放ったウッドペッカーミサイルをかわしきれず、燃料タンクに直撃されて火だるまとなった。
彼はバートンに比べて不幸だった。なぜなら被弾から17秒間、彼は生きていたからだ。それは地獄そのものだった。生きながら火葬にされる恐怖が彼を捉えた。全身に火が回ったときはすでに苦痛はない。あるのは浮遊感と、自分が一本の松明と化しているという認識だ。彼は絶叫した。それは純粋な恐怖だった。ミサイルの命中からきっかり17秒後、ロルフ中尉のストレガはウェポン・ベイの弾薬が爆発し、苦痛に終止符が打たれた。
続いて被弾したのは、フォックストロットツーのバジル・ボールドウィン中尉だった。彼はドギーの直撃を受けた。ドギーには約3キログラムのGコンポ炸薬が搭載されており、彼のストレガは瞬時に爆発、四散した。
しかも後続のフォックストロットスリー、ボリス・アレクセーエフ中尉の機体まで、彼は爆発に巻き込んでしまった。
アレクセーエフは爆風と衝撃に揺れる機体を操り、コントロールを回復しようと最善の努力をした。それは成功しかけたが、爆発で飛来したストレガの破片───チタニウム・ブレードの鋭い刃先がコクピットに命中したことで潰えてしまった。
ブレードはスティックから伸びているフライ・バイ・ライト・ケーブルを根本から切断した。このシステムは冗長性のため三重になっていたが、始まりの部分から切れてしまったのではどうにもならなかった。アレクセーエフはレスポンスがなくなったスティックを操ろうと必死に努力し、脱出に使う貴重な時間を無駄にした。腹を決めてベイアウトの操作を取ったときは、すでに手遅れだった。機体は70度の急角度で地面に衝突し、彼は即死した。遺体の中で辛くも原形をとどめたのは顎の骨だけだった。
2機のドギーハウスは、たった15秒の戦闘で4機のストレガを葬った。これがドギーハウスの真の力だった。生き残ったストレガは、ありったけのチャフとフレアーをばらまき、ECMをかけつつ、全速力でコンバット・エリアを離脱した。
先行したアルファは、採掘エリア突入と共に通信が途絶した。
ギャラントにCICでは、キナバルたちが呆然と一連のデータを見つめていた。
作戦は失敗しつつあった……ドギーハウスの攻撃力は圧倒的だった。採掘場に突入したアルファは通信が途絶え、デルタは……キナバルはスクリーンを見つめた。
デルタはうまくいっている……どういうことだ?
データによれば、デルタはシティ上空の制空権を確保しつつあった。マッスルを4機撃墜したが、損害はゼロだった。
コックスは首をひねった。おかしい……先の戦闘から言えば、ドギーハウスがここまで強いはずがないのだ……デルタが交戦したときのドギーハウスはもっと弱かった。いったいどういう……。不意にコックスは理解した。敵は、最初は手加減をしたのだ。こちらのコンピューターに誤った解析をさせるために。戦術支援コンピューターは戦闘結果とカタログデータの両面からターゲットの能力を判定するが、ギャラントに装備されているタイプは、カタログデータより実戦の結果を重視する傾向があった。
つまり敵は、こちらの搭載システムが判るほど頭のいい人間と言うことになる……だが、そんな人間が存在するというのか?
コックスは視線を感じ、顔を上げた。
キナバルが自分を見ていた。
二人はちょっとの間、顔を見合わせた。コックスはキナバルの思案を瞬時に理解した。君はどう思う、少佐? 彼等を……デルタを地下へ行かせるべきだろうか? それとも撤退か?
コックスは迷っていた。
行かせても成功率は低い。だが、撤退させたら住民はどうなる? 我々を信じ、救助を心から待ち望んでいる住民は? テロリストの餌食にしろというのか? ダメだ。それは出来ない。我々には義務を果たす責任がある。たとえそれ故に倒れることがあっても……。
コックスは微かに頷いた。キナバルにはそれで充分だった。彼はデルタに命令を下すべく、マイクのスイッチを入れた。カレンのことは頭から追い出した。自分は指揮官なのだ。
ラング達はマッスルを撃墜し続けていた。資材運搬用トレーラーに過ぎないマッスルは、上方にある放電ユニットにさえ気をつければ、それほど手強い相手ではない。そのためラングは、編隊を分散させて個々にマッスルを攻撃させていた。
==NOVEL PHILOSOMA==