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2024/11/22 08:21 |
==NOVEL PHILOSOMA== 07

==SCENE 04==

「ラジャー。こちらチャーリーリーダー。チャーリーフライトはこれより補給を受ける。クラウス、カート、ズーム上昇で私に続け」
「ラジャー」
「ラジャー」
「ラング、チャーリーフライトはメインラインで補給機と合流。デルタフライトはトンネルを飛ぶ」
「ラジャー」
「間もなくシティ突入、分岐点」
 アリスのコールが響いた。前方に微かにトンネルの入り口が見えてきた。それは瞬く間に拡大し、彼女の視野一杯に広がった。
「ブレイク……ナウ」
 ミショーのコールと共に、編隊はふたつに分かれた。チャーリーは上空へ、デルタはトンネルへ……。そのタイミングの良さは、アクロバット・チームのメンバーが見ても舌を巻くほどだった。
 だが、この決断は、ミショーとラングが犯した最大のミスだった……二人は立て続けの戦闘で消耗し、疲労しきっていた。
 マーフィーの法則の適用が、チャーリーフライトに迫ろうとしていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 偵察小隊の指揮を執るアイスバーグ中尉は、その人物の前にいるだけで劣等感を感じた。だが、彼はそこから離れるわけにはいかず、ただむず痒い思いを味わっていた。
 彼は、生存者と共に、降下艇の中にいた。
 生存者は不思議な人物だった。
 見たところは普通の老人だ。プラチナの髪、涼しげな灰色の瞳、短く刈り込まれたあご髭……その姿は、ひどく高貴な感じがした。男が上流階級の出身なのは確かだ。
 だが、どこかで見たような気もするのだ。中尉は記憶をたどったが、どうしても思い出すことが出来なかった。
 ただ、それだけなら、中尉はこんなむず痒い思いはしなかったろう。
 男には不思議な雰囲気があった。保護されてからは、一言も口を聞かなかったが、その灰色の瞳には、冷徹な意志が存在した。その眼を見ているだけで、喉元にナイフを這わされているような気がした。
 男がこちらを見た。中尉は内心を見透かされたような気がして、思わず一歩引いた。
「落ち着きたまえ、中尉」
 不思議によく通る声だった。アイスバーグは思わず身構えた。
「困惑は判るが、落ち着いて任務を果たしてくれ」
「………?」
 アイスバーグは怪訝に生存者を見つめた。レスキューは何度もやったが、こんな事を言われたのは初めてだ。だいたい、なぜこの男だけが助かったんだ?
 中尉は思わず顔をしかめた。シティ外周部に降下した偵察小隊を待っていたのは、遺体の山だったのである。
 建物は、最初は無人に見えた。だが、地下を捜索した彼等は思わず息を呑んだ。研究所のほぼ全員が遺体で発見されたのだ。そのむごさに、兵達は呆然としていた。全員が頭を割られていて、そこから血と脳漿が流れ出ていた。中尉は吐き気を懸命にこらえ───指揮官が部下の前で吐けるものか───その場を離れるよう命じた。
 いったいどんな武器を使ったのか?
 彼は顔をしかめた。傷口の広がりかたからして、鈍器に近いものなのは確かだ。だが、100人以上の頭を鈍器で叩きつぶすなんて……物理的にそんなことが可能なのだろうか? 銃を使わずに鈍器で100人以上の人間を殺すなど……。
 中尉の思案を破るかのように、男が口を開いた。
「キナバル大佐に伝えてくれ。話があるとな」
「大佐に?」
 唖然とする中尉に男は微笑んだ。
 発着デッキが目前に迫っていた。

「こちらスターリン、ミショー大尉、チャーリーフライトを探知した。今から降下する」
 スターリンとは、空中補給機「グレインジャー」のコードネームだった。この機体は、ストレガ3機分の携行弾薬定数を補給できた。しかも、空中にありながらだ。
 方法は空母の着艦と基本的には同じだ。補給を受ける機体は、グレインジャーの胴体上部に設けられた甲板に着艦する。あとは、エレベーターで格納庫まで運ばれ、そこで整備と補給を受けることができる。
 その故にグレインジャーは巨大だった。全長は約300メートル、重量も2000トンはある。
 ただし、武装はほぼゼロに近かった。一応、近接迎撃用のバルカンが2門あるが、基本的に機体を守るのは、高度なアビオニクスとステルス技術だけといっていい。
 といっても、グレインジャーを操る当のパイロットは何も心配していなかった。シン・ハイウッド中尉が操るグレインジャー───コードネーム「スターリン」は、220上空をフル・ステルスで飛んでいた。この機体を探知するには、レーダーでは無理だ。赤外線探査専門に切り替え、よほど接近しない限り探知は不可能だった。それも、グレインジャーがノーマル・モードで飛行していると仮定しての話だ。燃料に添加剤を加え、光学迷彩モードを使用するフル・ステルスなら、いかなる探知も不可能なのがグレインジャーだ。
 ハイウッドはスティックを操り、機体を眼下の雲面に降下させた。IRセンサーでは、ミショーの指揮するチャーリー・フライトはその下にいるはずだ。

「どういうことです?」
 コックスの問いにキナバルは鼻を鳴らした。
「私が知るはずがないだろう」
 生存者がキナバルとの対面を望んでいると知り、彼は当惑の色を隠さなかった。なぜなら、キナバルがギャラントに着任したことを知るものは、ごく一部の者に限られていたからだ。左官クラスにのみ配布される定期情報を読む立場の者以外、人事異動が知られることはまずない。
 いったい何者だ? 考えられるのは軍人しかないが、それなら官姓名を名乗るはずだ。
 不意に、扉が開く音がした……。
 キナバルは振り返り、そこで氷のように凝結した。
 男が入り口に立っていた。それは、キナバルが二度と忘れられない人物……。
 ───ローランド・クラーク博士だった。

 キナバルは呆然とクラークを見つめた。
 天才の名をほしいままにしたクラーク博士は、7年前に科学探査船「S・ホーキング」に乗り込み、行方不明となった。同行した95名の科学者達とともに……。
 救難作業の実質的な指揮に当たっていたキナバルは、救難失敗の責任を取らされ、降格、左遷された。
 そのクラークがなぜここにいる……。
「大佐、よく来てくれた」
「クラーク博士、あなたは…本物なのか?」
 ようやく茫然自失の状態から立ち直ったキナバルは、クラークに尋ねた。
 キナバルは、クラークとは直接の面識はなかった。だが、テレビや雑誌の写真でその姿は何度も見ていた。他人のそら似ということもあり得る……キナバルが立ち直ったのは、その点に思い至ったからだ。
 クラークはかすかに笑った。
「本物のクラークだよ」
 信じられない……これは手の込んだペテンではないのか?
「疑うなら、指紋でもDNA鑑定でも、何でもやるがいい。だがその前に私の話を聞くんだ。住民を無事に助けたかったらな」
 顔を見合わせるキナバルとコックスに、クラークはかすかに鼻を鳴らした。
「君たちに選択の余地などない。だいたい、君たちは、あの星で採掘されているモノが何か、知っているのか?」
 コックスは虚を衝かれた。そうだ……司令部にその点を問い合わせたが、未だに返事はなかった。
「司令部の愚か者どもは、ダンマリを決め込んで何も言ってこないはずだ。違うかね、大佐? 図星ならさっさとこの私の話…」
 キナバルは手でクラークを遮った。
「話して下さい、博士」
「…………」
 クラークが微笑した。
 それを見たコックスは、なぜか身震いがした。

 ミショーのチャーリー・フライトは、全機無事にグレインジャーへの着艦を果たし、補給が始まっていた。
 グレインジャーのパイロット、ハイウッド中尉はリラックスしていた。グレインジャーのステルスは完璧だ。彼はのんびりとパソコンの雑誌をめくっていた。ゲイトウェイの新型を彼は買うつもりだった。
 電子音が鳴った。ミショー機の補給が完了したことの合図だった。テレトークが鳴った。
「こちらミショー、補給完了。スターリン、発艦許可を願う」
「ラジャー。エレベーター上昇、タイミングを見て発艦して下さい」
 ハイウッドはエレベーターのスイッチを入れた。グレインジャーは飛行機というより、空飛ぶミニ空母だった。アイディアとしては、飛行船が誕生したときから唱えられていた。だが、現実にこの種の機体が飛び始めたのは、21世紀も後半にさしかかってからだ。
 上昇するエレベーターにミショーのストレガはあった。足下では、カートとクラウスのストレガが補給中だ。
 エレベーターが停止した。
 ミショーは周囲を見渡した。空と雲以外はなにもない……見晴らしは最高だ。グレインジャーは無尾翼機のため、上部に構造物は一切存在しない。
 発艦前の準備をミショーはアリスに命じた。レーダーに続いて、IRセンサーをチェックする……。
 その瞬間、ミショーは蒼白になり、凝結した。前方から何かが高速で接近している。ディスプレイに、微かにひっかいたような薄い航跡が数本あった。位置は正面、速度は……マッハ4! つまりこれは……。
「スターリン、ミサイルワーニング! 回避!」
 ミショーは怒鳴るや、バーナーを全開にした。彼女のストレガは猛然と発進した。
「アリス、オールウェポンズフリー!」
 ウェポン・ベイが開き、抵抗で機速が落ちる。かまわずミショーは捜索用レーダーを照射した。何も映らない……敵もステルスだ。パッシブセンサー搭載ステルス対空ミサイルに違いない。
「フォックス・ツー・ファイア!」
 ミショーは怒鳴った。IR/CCDセンサー搭載のウッドペッカーに映らない以上、探知は赤外線とイメージセンサーだけが頼りだ。
 続いてミショーはFLIR───前方赤外線探査機を起動した。輝点が7つ、見る間に接近して来る。敵ミサイルだ。
「アリス、パルスレーザー!」
 兵装コントロールがレーザーに切り替わる。続いてサイトに爆発が二つ浮かぶ。ウッドペッカーが命中したのだ。
 カートかクラウスのどちらかが出るまで時間を稼がなければならなかった。ミショーは惜しげもなくウッドペッカーを連射した。このミサイルはファイア・アンド・フォゲット───撃ち放ちができ、発射した分の敵を墜としてくれる。パルス・レーザーだけでは、複数目標に一度に対処するのは無理だ。
 立て続けに発射された5発のウッドペッカーは、それぞれターゲットにヒットした。空中で火球が立て続けに産まれ、黒煙が上がる。
 ミショーは自分のうかつさを罵った。チャーリーの補給の間、デルタを護衛に当たらせるべきだった。グレインジャーのステルス性能をあてにしすぎた。せめて、どれか一機を警戒に残すべきだったと……。
 後方ではグレインジャーが少しでもミサイルから遠ざかろうとしていた。カートとクラウスのストレガは間に合いそうにない。
 敵ミサイルはあと2発。すでに距離は4マイルをきっている。ミショーは兵装コントロールをレーザーに切り替え、発射ボタンを押した。
 ライト・グリーンのレーザー・パルスが立て続けに放たれ、次の瞬間ミサイルと交差する。
 火球が空中に連続して生じた。
「やった!」
 思わずミショーは叫んでいた。
 全機撃墜だ。グレインジャーは守りきった……歓喜の表情でミショーは振り返り……そして、我が目を疑った。
 グレインジャーのエレベーターから火炎が吹き上がっていた。
 次の瞬間、グレインジャーは巨大な火球に包まれた。搭載していた燃料が誘爆したのだ。火球は急速に拡大し、強烈な閃光と衝撃波と、破片を周囲に撒き散らした。
 間をおいて、ドーンという鈍い爆発音が響いてくる……。
 ミショーは呆然としていた……何が起こったのか、彼女には理解できなかった。飛来したミサイルはすべて撃墜したはずだ……なのに、どうして……?
 不意にIRセンサーが輝き、警報音を発した。ミショーは、左側面の雲が割れ、巨大な影が浮かび上がるのを見た。それは黒褐色のボディを持つ、巨大な機体だった。
「コーション、ニューターゲット。スリー・オ・クロック、ブラックウィドゥ」
 APS-7ブラックウィドウ───シンフォ・カイファーが開発した無人空中機動防御システム。高度なステルス性を持ち、ステルス・ミサイルを主武装とする黒衣の未亡人……。
 ミショーはステルスミサイルが飛来した段階で存在に気づくべきだった。彼女は悟った。自分が致命的な過ちを犯したことを……。
 ブラックウィドウのミサイルハッチが開き、攻撃態勢に移行した。
 本能的な怒りに駆られた彼女は、兵装コントロールスイッチを跳ね上げた。だが、次の瞬間、ミショーは氷のように凝結した……。あり得ないものを彼女は見ていた。なんだ、あれは……馬鹿な……そんな馬鹿な……。
 ミショーは自分が発狂したのだと思った。ブラックウィドゥの姿は……悪夢そのものだった……なぜなら、それは……。

 キナバルは、7年前の悪夢の具象を目にしていた。2メートルと離れていない黒板の傍らで、クラーク博士が喋っていた。
「プラネット220は、太陽系最大のコンツェルン、シンフォ・カイファーが六年前から採掘を始めた鉱石採掘惑星だ。惑星の直径約500キロ、重力0.9G……」
 スクリーンには220の全景が映し出されている。キナバルの困惑は深かった。指紋とDNA照合で、博士は間違いなく本物と出た。クラークは生きていたのだ。
 クラークは手元のキーボードを叩いた。スクリーンは、ディープ・グリーンに輝く鉱石を映した。
「さて、問題はこの鉱石だ。コイツの正体だが……」
 その一部が拡大され、多結晶構造が浮かび上がった。クラークは一同を見渡した。
「鉱石の名はイプシロン・ワン。エネルギー効率100%を誇る物質だ」
「効率100%……ドクター、量はいかほどです?」
「さあ……何千万トンあるか、見当もつかん。なにしろ、惑星中心核の全てだからな」
 室内が微かにざわついた。眉唾物だとコックスは思った。なぜなら、効率100の物質とは、反物質だからだ。
 反物質は、通常物質と合わせると、対消滅反応を起こしてその全てがエネルギーへと変換される。その製法は、21世紀初頭にはすでに確立されていた。
 だが、反物質には大きな問題点があった。それは、反物質を製造するためのコストがべらぼうに高いことだった。最もロー・コストな太陽熱発電衛星を使用しての製造でも、僅か1グラムを製造するのに300億ドルの経費が必要だ。そのため反物質は、運営コストをある程度無視できる軍用宇宙船以外には使用されていない……。だが、220には、無尽蔵と言っていい分量の反物質があるという……それだけならまだしも……コックスは思った。そんな分量がなぜ通常空間に存在するのだ? 反物質の保存にはニュートラル・循環コイルの存在が欠かせないのは常識だ。それなしでは、多量の反物質の保存は不可能だ。たちまち対消滅反応を引き起こし、大爆発を起こす。
 コックスの思案を見て取ったクラークは微笑した。
「少佐、イプシロン・ワンは、それを可能にした。多結晶部分が反物質のコアを覆い、対消滅反応を未然に防いでいるんだ」
「まさか……」
「事実だ。だからこそ一連の事件が起きた」
 ボイド大尉が疑問を口にした。
「一連の事件……今回の惑星遭難ですか?」
「もっと以前からの話だよ、大尉。政府はイプシロンワンの存在を隠すために、私の乗るホーキングをわざと遭難させたんだ」
 ボイド大尉が「あっ!」という顔になった。それは誰もが同じだった。
 クラークはコンソールを操作した。スクリーンには、反応爆弾の概念図が現れた。
「反物質を利用すれば、核兵器など問題にならぬほどの強力な爆弾ができる。時の連合政府が警戒したのも無理はない」
 コックスは思わず呟いた。
「それを手にした者は勝利を得る……」
 クラークはテーブルを軽く叩いた。
「そうだ。今まで反物質爆弾が造られなかったのは、コストの問題が解決できなかったからに過ぎない。核兵器の方が遙かに安上がりだからな……だが、これが安価に製造され、独立運動に結びついたらどうなるか……再び戦争だ。連合政府は崩壊し、最悪の場合、人類は反物質爆弾の応酬で滅亡するだろう」
 室内に初めてどよめきが起こった。
 クラークは再びキナバルを見た。
「大佐、220を含む空域は、何としても封鎖する必要があった。だが、それには理由が必要だ……ホーキングの遭難は、その理由付けの一つだったのだよ」
「…………」
「最初にイプシロンワンを発見したのは、多国籍企業、シンフォ・カイファーだ。政府は彼等のみにその採掘権を認め、全ての情報をトップシークレットに指定した」
 スクリーンが切り替わり、ホーキングの残骸が映し出された。
「次に、ホーキングの遭難が設定された。220周辺はアンタッチャブル・エリアに指定され、以後の機密は完全に保たれた」
「乗っていた科学者たちはどうなったんです?」
「彼等は全員、220でイプシロン・ワンの研究を行っている」
 全員が顔を見合わせた……よくも考えたものだ。超一流の科学者を集めることは容易ではない。まして、長年にわたって一カ所に留め置き、秘密に研究をさせるなど、平時では絶対に不可能だ。かならず不信を抱く者が現れ、いつかは真相が露見する。
 だが、死んだことにしてしまえば、問題は解消される。文字通り完全な機密保持だ。
 その間もクラークの長広舌は続いていた。
「一方シンフォ・カイファーは、自社が生産したあらゆる兵器を導入し、史上最高の防衛網を220に作り上げた。だが、政府としてはそれだけでは不安だった。そこで、君たちが選ばれたのだ」
 コックスは微かに頷いた。
 220を含む第十三軍管区は、最も重要度の低い辺境の区域だ。つまり、この空域に最精鋭部隊は配備できない。それこそ疑惑を招き、機密保持に支障をきたす。そこで軍首脳は、クセは強いが腕利きが揃っているギャラントを配備した。キナバルを大佐へと昇進させ、ギャラントを第十三軍管区専属としたのだ……。
 コックスは、キナバルを見た。
 鉄面皮の彼にも、人並みの感情はあった。
 コックスは、キナバルの胸に去来する感情を想像して、思わず胸が詰まった。
 自分がキナバルの立場なら、果たしてどうなるだろうか? 彼は自問した。恐らく、いや、間違いなくキレるだろう。そこまで踏みつけにされたのでは、プライドが持たない……軍人として、人間としてのプライドが……。
 キナバルがゆっくりと立ち上がるのが見えた。乗員の誰もが、彼がいつ怒りを爆発させるかと、その姿を見守った。
 だが、彼は言った。
「博士、それで、敵の正体は?」

 オレンジ色の壁面が高速で流れていた。
 ラングを戦闘にデルタフライトは、シティに通じるアクセスルートのトンエルをグランド・モードに切り替えて飛んでいた。
 ラングはふと、グランド・モードを初めて見たときのことを思い出した。その姿は、飛行機とは思えなかった。横並びに配備されているエンジンが、機体に対して直角に位置しており、まるで脚が二つ生えたように見えた。
「おいおい……ストレガを歩かせるつもりか?」
 呆れかえるラングに、技術主任は微笑んだ。
「御名答です、大尉。コイツはグランド・モードと言って、地面効果を利用して地表スレスレを飛ぶときに使います」
「メリットはあるのか?」
「ホバリングが簡単にできますし、低空侵攻時には申し分なし。それに、この体型なら墜落の心配もない訳で……」
「…………」
 誰が考えたか知らないが、そいつは病院に行ったほうがいい…ラングはそう思った。
 だが、実際に飛ばしてみると、このモードは非常に良くできていた。何よりも墜落の心配がないのがいい。低空侵攻はパイロットには胃の痛いミッションだが、グランド・モードなら鼻歌交じりでこなすことが出来た。
 ラングはモニターに視線を走らせた。ディースリーは、指示したとおりの位置、ラングの後方100フィートぴったりにつけていた。
 いい度胸だ……あの若造、案外拾い者かもしれんな……。
 トンネルに突入したデルタフライトを待っていたのは、重武装のホバー連結器だった。ラングは、一時は全滅さえ覚悟したが、ディースリーは対地攻撃に使うパラグレネードをホバー連結器に叩き込み、敵の足を止めた。あとは楽勝だった。3機同時にロケット弾を叩き込み、ホバー連結器を地獄の底へと吹き飛ばしたのだ……。
「ディースリー、最近のアナポリスは変わった戦術を教えるんだな?」
「ええ……」
 無愛想な声が返ってきた。今まで無視されていた事に腹を立てているらしい。
 ラングは苦笑した。まあいい。頼りになる相棒ができたことに違いはないのだ……今はカレンより、ディースリーの方が当てになる。
 ラングは任務に徹底してシビアな男だった。恋愛感情と仕事は完全に別のものだ。だからこそ生き残ってこれた。そうだ、アイザック・ラングは、周りが思うほど粗雑な男ではない。ポーズとして自分をそう演出することはあっても、その本質はクールだ。断じてただの無頼パイロットではないのだ。
 では、なぜ彼はそんなポーズを取るのか……それは単に、ギャラントというアウトローな環境に適応するためだった。
 それを知ったら、カレンは俺をどう思うだろう?
 ラングは自問し、微かに肩をすくめた。
 カレン・レイノックス……彼女は赴任の時から俺を知っているようだった。モーションをかけてきたのも向こうからだ……やがて俺は全ての選択肢を奪われ……そして…。
 ラングとカレンがつき合うようになって、一年が経とうとしていた。
 今のところ、誰にもカレンと俺のつき合いは悟られていないが……いずれは周囲にバレる。その時は公認のカップルに祭り上げられ……何せ、連中ときたらお祭りが好きだからな。そのくせ妙に古風でモラリストの側面があって……つき合いだしたからには、結婚しろ、と言い出す連中ばかりだ。しかし、彼女が俺に夢中なのは、無頼漢としての俺じゃないのか? それは俺の演技であって、本質ではない……この点を見抜けぬ女と、果たして今後ともつき合えるのだろうか?
 ラングは微かに肩をすくめ、後方監視モニターに映るカレン機を見つめた。
 カレンとの仲は、そろそろ考え直したほうがいいかもしれない……ラングはふとそう思った……なぜなら、1年経っても彼女は俺を完全に理解しなかった……いや、恐らく永遠に出来ないだろう……世間知らずのお嬢様を相手にするのも、そろそろ限界かも…。
 警報が鳴った。
 ラングは思索を止め、前方を見た。ピンホールほどの大きさの出口が微かに見えていた……それは瞬く間に拡大し、やがて視野一杯に広がった。
 

他章
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2010/03/24 22:12 | Comments(0) | TrackBack() | ゲーム

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