==SCENE 03==
「ギャラントより全機へフラッシュ。スペースポートが敵に制圧された」
「敵に?ブラボーは……?」
ポートは先行したブラボーが制圧しているはずだ。ミショーは言いかけて気づいた。つまりそれが意味する事実は……。
コックスに続いてキナバルの声が響いた。
「全滅した」
ミショーは思わず目を閉じた。指揮権を無視してラングが無線のカフをあげるのが判った。だが、彼女は止める気は起きなかった。
「ブラボーが全滅……それじゃ、ターナーも?」
「戦死だ」
「アイツが……」
そう言ったきりラングは絶句した。
ミショーは知っていた。ブラボーのフライトリーダー、フィル・ターナーは彼の親友だった……。
……だった、か……すでに過去形になってしまっている……ミショーは微かに思った。戦闘とはそういうものなのだ。
「ポートは迂回、アクセスルートをパスしろ」
「ラジャー」
ミショーは事務的に応じた。ブラボーには気の毒だが、ミショーは仇討ちをやる気はなかった。自分の任務は、生存者のいるポイントを確保し、救難機の到着までそこを維持する事なのだ。
「全機、コースをアクセスルートにセット。スペースポートを迂回する」
「ラジャー」
アクセスルートは、ポートとシティを結ぶ交通網だ。電子音と共にディスプレイにマップがオープンした。続いて侵攻ラインがレッドで表示される。再び警報音が鳴り響いた。
「コウション。敵、火器管制レーダー作動」
「ミショー、ロックされているぞ」
ラングのコールが来た。さすがはベテランだ。すでに彼は冷静さを取り戻していた。
「敵、攻撃態勢。回避不能」
「全機、コンバットオープン」
編隊がブレークした。戦闘再開だ。
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コックスはリポートに目を通していた。結局、スレイブ・コードは全く役に立たなかった。それが意味する事は、ただ一つだ。
防衛システムはブレイクダウンしたのではなかった。乗っ取られたのだった。司令部は半信半疑だったが、コックスはそう結論を出していた。また、それを指示するデータも彼は手にしていた。ブレイクダウンにしては、防衛システムの攻撃パターンが合理的すぎる。明らかに、何らかの意志が介在しての攻撃だ。
だがそれには、指揮管制の中心である220防災センターを占拠しなければならない。
問題は、どうやって、誰が占拠したかだ。コックスは、その方法を考えようとしていた。方法から逆算すれば、相手の戦力や能力を割り出すことが出来る。
コックスの手元には、防災センターの詳細なデータがあった。一読したコックスは、その徹底性に驚嘆していた。
まずセンターへの侵入自体がほとんど不可能だった。多層配備されたレーザーと機関砲、対人地雷、装甲車両による強襲を考えてのトップ・アタック兵器、空からの攻撃には対空ミサイルとレーザーが配備されている。BC兵器を叩き込まれても、センサーが探知して警報を出し、スタンバイ・モードに移行する。そうなったら、自衛以外の行動は取れない。解除するには認証コードが必要だが、それは国防総省の地下大金庫の中だ。
職員になりすまして乗っ取るのは古典的な手だが、指紋、網膜照合、声紋などの多重チェックがある。たとえセンサーをだましても、警備兵による厳重なボディチェックがある
仮にその段階をクリアしたとする。だが、防衛コンピューターのアクセスには、認証コードが必要だ。コードは毎日変わり、担当者はそれを専用の金庫から出す。その金庫を使うには、厳重なチェックと共に複数の人間が同時にキーをまわさねばならず……ほとんどICBMの発射と同じだな。この保安システムを考えたのは粘着気質の技術者に違いない。ほとんどパラノイアだ。
外部からのアクセスはどうだ? これも認証コードが必要だ。コードは素因数分解を利用して造られた特殊なもので、解読しようとしても不可能だ。ギャラントのコンピューターでも最低数百年はかかる。
不可能だ……とても不可能だ。こんなシステムをどうやって乗っ取れというんだ?
頭を抱えるコックスをよそに、管制官のボイド大尉が顔を上げた。
「大佐、シティ外縁部に降下した偵察小隊から入電です」
コマンド・シートにかけていたキナバルは椅子ごと振り返った。偵察小隊を降ろした事を、彼は一連の混乱の中で忘れていた。
「何と言っている?」
「生存者を発見したそうです」
「なに?」
思わずキナバルは立ち上がった。
「現在、降下艇で搬送しています。あと5分で到着します」
ミショー達のフライトは、ようやくアクセスルート上空に達していた。
彼女は顔をしかめてディスプレイの残弾表示を見つめていた。残りは、ランサーが3発にウッドペッカーが2発、バルカン砲の残弾が130発……少ない……少なすぎる。スペースポートの戦闘で弾薬を消費しすぎたのだ。
だが、使っていなければ確実に全滅しただろう……それほど激しい戦いだった。
ポートを中心として約10マイルは対空ミサイルの海だった。ブレイクとチャフとフレア、ECM……あらゆる手を使った。
ミショーは全滅回避をアリスに指示し……アリスは、ミサイル発射をコントロールするユニットへの攻撃を立案した。
だが、ユニットは発射台の真下にあり、無数の対空ミサイルで厳重に守られていた。ミショー達は、最後の手段としてバスター・グレネードを集中使用し、発射台ごと根こそぎ管制ユニットを吹き飛ばした。それは壮絶な光景だった。連鎖爆発でシャトル用の地下燃料タンクまでもが誘爆した。不気味なキノコ雲が立ち上ったときは、核爆発かと見間違えたほどだ。
わずか5分の戦闘でポートは完全に破壊された。復旧まで最低2年とアリスは報告した。ほとんど作り直すのに等しい年数だ。
だが、やってしまったものは仕方がない……施設は作り直しが出来るが、人命はそうはいかないのだ……まして、優れたパイロットたちの命は……。
ミショーのぼんやりとした意識を、アリスのコールが破った。
「チャーリーフライト、ブレッドレベルレッド。サプライ・コール」
チャーリーの弾薬が危険レベル……ミショーはラングを呼んだ。
「チャーリーリーダーよりデルタリーダー。ブレッドチェック」
「デルタフライトは大丈夫だ」
「ラジャー。チャーリーリーダーよりギャラント。チャーリーリーダーは弾薬補給をコール」
雑音の中からコックスの声が響いた。
「こちらギャラント。すでに空中補給機を向かわせた」
手回しのいいことだ……。
ミショーは肩をすくめた。ミショーを軍隊に引っ張り込んだ張本人は、すべてに渡ってそつがなかった。常に完璧だ。
時たま、彼女は思う事があった。あのとき、コックスの取引に応じていなかったら、自分の人生はどうなっていただろう、と……。
どちらにせよ、先の見えないトンネルのような人生だったろう。それだけは、確かだ。ミショーは、軍隊という牢獄に自分を引き込んだコックスを恨みには思わなかったが、同時に感謝する気も起こらなかった。
だが、今は彼の配慮がありがたかった。弾薬のない戦闘機などただの標的だ。ミショーはカフをあげた。
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